第20話 伝えたい事
「何かあったの?」
浴室から出て、皆のところに向かうと外から揉めるような声が聞こえていた。
「ミューズちゃんは出ないほうがいい。オーランドが手下と共に来たんだ」
風花亭の主人がそう教えてくれた。
「オーランドって誰です?」
チェルシーの問いに、ミューズが表情を曇らせる。
「ここの領主の息子よ。女性好きらしいからチェルシーやマオは出ないでね」
ミューズとて会いたくはないが、ティタンが対応しているようだからそのままにはしておけない。
一体何をしに来たのか。
「だから俺は領主代理でこの村の治安を守る義務がある。体調を崩しているミューズの容態を見に来ただけなんだから、つべこべ言わずにとにかく会わせろ」
「そっちこそ大丈夫だから帰れと何回言ったらわかるんだ。彼女は俺の妻だ。領主代理だか知らないが、こんな大人数で女性の元を訪れるような男などに、会わせるわけがない。何をする気だったのか怪しむに決まっているだろうが」
ティタンがいなければ押し入るつもりだったのではないかと、気が気ではない。
ミューズが何かされる前にこうして会えて良かったと内心ホッとする。
「怪しいのはお前だ。急に来たよそ者がミューズの夫と言って押しかけているのだ。しかも当の本人は出さないとは、まさか脅してるんじゃないだろうな。俺は領主代理として、領民の安全を守らなければいけない。さっさとミューズを出せ、無事を確認させろ」
怪しい男の側になど置いておけない。
出てくれば直ぐ様保護をし、屋敷に連れ帰る気だ。
「領主代理と言い張るならば、きちんと印の入った書面でももってこい。口頭での言葉など信用できん。そして彼女を守るのは俺の役目だ。俺達は本当の夫婦だ。夫として、信用ならない男なんぞ近づけさせる気はない」
「夫だと? あんなひどい状態で追い出しておいて、守るなんて言葉、よく言えたものだ。それこそまたひどい目に合わせる気ではないのか」
「誤解があってミューズは家を出てしまっただけだ。ひどい目になどもう合わせない、その為に俺はここに来たんだ。早く彼女を休ませたい、もう帰れ」
追い返したいと思う気持ちが強すぎて、ティタンはオーランドに対してぞんざいな返事しかしていない。
「ティタン様、落ち着いてください」
仮にも領主代理であるので、これではこちらの不利になるとルドが割って入った。
いざこざががもとで身元がバレても厄介だ。
「お怒りはわかりますが、これでは話が終わりません。オーランド様、申し訳ありませんが、お話は明日にしましょう。改めて挨拶に伺わせてもらいますので、本日はお引き取り下さい。ミューズ様が現在体調不良なのはご存じですよね。今は夜ですし、身重の体で無理をさせてはいけませんので」
「そう言ってもう半刻だ、せめて一目見る事くらいは出来るだろう」
「ですが、既に休まれておいでです。身支度の整っていない中男性の前に出るのは勇気がいる事ですので、明日支度が整い次第向かいます。本日はご遠慮ください」
ルドが根気強く説得をしているが埒が明かない。
「半刻もあんな言い争いをしていたの?」
オーランドの言葉に驚いてしまった。
「そうなのです、恥ずかしいのでさっさと帰って欲しいのですが」
料理も終え、室内で待機していたマオもため息をついた。
折角温かい料理を用意したのに冷めてしまう。
「ひと目だけで帰ってくれるなら」
ミューズはドアを開け、そっとティタンに声を掛けた。
「ミューズ、無理をするな。中に入っていてくれ」
「大丈夫ですわ。私の体調を心配してくださり、ありがとうございます」
そう声を掛けてから、オーランドに頭を下げる。
「オーランド様もわざわざ足を運んでいただいたのに挨拶が遅れ、申し訳ありません。今は少し体調が優れませんので、明日必ず伺わせてもらいますわ」
髪や服を整えたミューズは最初に出会った頃よりも綺麗であった。
顔色はやや悪いものの、オイルや薄化粧でチェルシーに整えられた容姿はいつもより美しい。
そしてさらしを巻くことも忘れていたので、女性らしい体型をさらしてしまっていた。
チェルシーが選んだワンピースも可愛さが際立つものだから尚更人目を引いてしまう。
「思ったよりも元気そうでよかった。が、その男は本当に夫なのか?」
だいぶ印象の変わったミューズにドキドキしながら、オーランドは確認するように声を掛ける。
「えぇ。彼は私の愛する夫です」
凛とした声ではっきりと告げる。
「酷い仕打ちをした男だろ、あのような少ない荷物で放り出して。一緒に居て本当に大丈夫なのか? なんなら今から俺の家に来い。部屋ならあるからな」
万が一匿うことになってもいいように揃えていた部屋があるので、ぜひそこに来てもらいたいと願っていた。
「お誘いありがとうございます。ですが、私は彼と共にいると決めました。それに酷い仕打ちをしたのは彼ではなく、私です。嫌われたくなくて、愛情を確認するのが怖くて、自分の責任を放棄し、逃げ出してきたのです。だからティタン様は悪くありません」
野次馬が集まる中ではっきりとそう告げた。
「皆さまもお騒がせしてすみませんでした、後日必ず説明しますので、本日はこれで失礼します」
追及される前にとミューズはティタンの手を引き中に入る。
ルドやライカもそれに倣い、何も言わずに宿に入った。
「巻き込んでしまって申し訳ありません」
喧騒が収まりようやく息をつく。
「こちらこそ追い返せなくてすまない、体は大丈夫か?」
本当ならミューズに気づかれる前に追い返したかった。
疲れや悩みは良くないと聞いたことがあったからだ。
すぐに椅子に座らせ、休ませる。
「大丈夫です、ありがとうございます」
そう言って微笑んだミューズをティタンは我慢できず抱きしめる。
「ティタン様?」
チェルシー達も見ている中なので、驚いた。
「夫って、愛する人だなんて、そう言ってもらえるとは思っていなかった。あのような大勢の前でそう宣言をしてくれるなんて嬉しい。一度も好意の言葉なども言われたことがなかったから、不安だった」
「そんな事……」
ないと言いかけて記憶を振り返る、
自分は一度でもこの人に好きだという気持ちを伝えただろうか。
いつも恥ずかしさと距離を置く為という事で冷たく当たっていたではないか。
「ごめんなさい」
「謝らないでくれ」
いつも謝らせてばかりだ。
言わせたい事はそうではない。
「俺はただ君と一緒に居たいんだ。愛している」
今度はきちんと正気の時に伝えられた。
耳まで赤くなるのは承知の上だが、抱きしめているのだからミューズからは見えないだろう。
「私も、愛しています」
ミューズはぽろぽろと泣いた。
ようやっと言えた、胸のつかえが取れて心が晴れていく。
気持ちを伝えることと言うのがこんなにも清々しいものなのかと、初めて知ったのだ。
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