第19話 大きな嘘
「何でそんな事に?」
キョトンとするミューズにチェルシーは当然と頷く。
「当然のことです。虚偽の話でミューズ様を貶めたのですから。ティタン様はミューズ様に婚約を申し込む予定だったのですよ。なのにあの人がそれを邪魔して、さらには国から去る原因を作った……酷い悪女です、許されるはずがありません!」
チェルシーは興奮して大声を上げた。
「ミューズ様がいなくなる数日前から、既に王家はスフォリア家に来ていました。婚約の了承も得るため」
「いつの間にそんな話が出ていたの?」
「ミューズ様が学校に通われている間です。一時期悪評があったので余計な口出しをされないよう慎重に進めていたそうです。使用人も一部しか知りませんでした」
王家が公爵家に婚約の話をしにきていた噂は本当だった。
だが、それはミロッソ家ではなくスフォリア家であった。
「なのにその話を潰したなんて。実の娘がしでかした事にミロッソ公爵様も激怒してました。怒りを抑えきれず、貴族籍を剥奪し、今頃何をしてるかは分かりませんけども」
チェルシーはいい気味だと鼻を鳴らす。
「もしかして私がそのまま国にいたら、婚約者になれたの?」
「そうなのです。婚約までもう秒読みだったのですから。あの女が余計な事さえ言わなければ、ミューズ様は今でも皆と一緒に幸せな生活を送り続けることが出来たのに……本当に腹立たしい!」
傷んだミューズの肌や髪を見て、怒りが再燃する。
ミューズはショックを受けていた。
自分が早とちりしなければ、そのまま婚約がなされていたのかという事実に打ちのめされてしまった。
「なんで、マリアテーゼ様はそんな嘘を」
公爵令嬢の彼女がそんなバレやすい、そしてリスクの高い嘘をつくとは思っていなかった。
そして気持ちが不安定だったとはいえ、そのような嘘を信じてしまった自分が恥ずかしい。
ティタンさえも疑ってしまっていた。
「色々な思惑があったそうですし、ティタン様とミューズ様が二人になることを徹底して邪魔してたと白状したから、仕方ないです。確かに王家は何度もマリアテーゼ様の家に出入りしていましたし、全てが嘘ではなかったのですから。それでもそんな壮大な嘘をつくなんて思いませんよ! 皆がびっくりしてましたから」
ユーリとの婚約解消もあり、ティタンはほとぼりが冷めるまで外交への顔出しがしばし出来なくなっていた。
その負担が王弟であるユリウスにいくので、迷惑をかけることに対しての謝罪、そして外交の仕事を頼むために、頻繁に伺っていたのだ。
仕事の話であるため、マリアテーゼには詳しく知らせていなかったのだが、ティタンの新たな婚約者が公爵家のものだという話も同時期に出ていた。
従妹同士で話をしたこともあり、最近特に話す事も多いからと、マリアテーゼは自分だと思い込んだのもある。
実もない公爵家よりも自分の家の方が家格も高く、王子妃に相応しい。
ミューズは、婚約破棄によってシェスタ国との交易にヒビを入れたとして責任を負うだけの存在で、本気で愛されたものではないのだから。
そのような言い分もしていたと話される。
(正式な婚約者となる前にミューズ様を暴漢に襲わせる予定だったとも話していたらしいわね。瑕疵がつけば王族の配偶者になんてなれないからと)
その前にアドガルムを離れていたから難を逃れることは出来たが、もしも残っていたらどうなったことか。
ミューズに言うつもりはないが、その話も一つの要因である。
王家の血を引く者として、公爵家の者として人の上に立つ資格がないとミロッソ公爵は言い切り、平民落ちが決定したのだ。
「私がティタン様を信じていたら、こんな事にはならなかったのよね……」
震えが止まらない。
彼は何度も気持ちを伝えてくれていた。
なのにミューズは自分の気持ちに蓋をし、素直に受け止めることが出来なかった。
「何と言って謝ったらいいのかしら」
次から次へと涙が出て止まらない。
「大丈夫、ティタン様は最初から怒ってなどおりませんから。さぁ、そろそろご飯になりますよ。今頃マオが何かを作ってるはずです、楽しみですね」
チェルシーはミューズに優しく声を掛け、体を拭いていく。
「とても顔向けなど出来ない」
どんな顔をして会えばいいのかわからない。
自分の勘違いのせいで、多くの人を巻き込み、迷惑をかけ、傷つけてしまった事実が拭えない。
「大丈夫です。ティタン様はミューズ様に会いたくてここまで来たのですから。自信を持ってください」
公爵家から持ってきた普段着用のワンピースを着せられる。
時折慰めるように、
「大丈夫です」「ティタン様はずっとミューズ様一筋です」「大好きだと言ってました」
と声を掛けられた。
ティタンの従者とも、仲良くなったそうで彼の者達の話もされる。
「皆良い人ですよ、ずっとミューズ様の身を案じておりました」
マリアテーゼと話をするのが多かったのは、ティタンとミューズの会話を増やす為の足止めだったと説明される。
ミューズを避けるためではなかったのだ。
「ありがとう、チェルシー」
知らなかった様々な逸話を聞かされ、励まされ、ティタンと話がしたいと思えるようになってきた。
まずは誤解していたことへの謝罪を、そしてこんなにまでも想ってくれていた事にたいして感謝を伝えたい。
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