第15話 気遣いと利用
すぐさま父と兄に声を掛け、時間を割いてもらい、事情を話した。
アドガルム王城を離れたいという事を。
「そんな簡単に王族を辞められるわけがないだろう。少し落ち着け」
国王で父であるアルフレッドは突然の事柄に慌てていた。
エリックから報告を受け、国内を秘密裏に探していたが、もう既にいないとは。
そんな決意を固めていた少女に同情をしていた。
「随分思い悩んでいたのだな……もっと注視していれば良かった」
エリックはミューズの行動をむざむざ許してしまった事を悔いているようだ。
何かを考えている。
「王族を辞める事はないだろう。もう少し考えてくれないか? 人を派遣し、ミューズ嬢を必ず見つけてアドガルムに連れ帰って来るから、留まっていてくれ」
アルフレッドは引き止める言葉を口にする。
王族がこのような理由で他国に行くと知られたら、外交でつつかれてしまう。
何よりも大事な息子が王族を辞めるなど容認しがたい。
ミューズの返答次第では戻ってこない可能性もあるし、ティタンが近くにいては力づくで戻ってこさせようとは出来ないだろう。
それならば見ていないところで無理矢理にでも連れ戻させた方がいいと考える。
「嫌です。俺の責任なのですから、俺が迎えに行きます。それに王族を辞めることは記憶を取り戻す代わりに魔女と交わした約束です。反古には出来ません」
そもそも記憶を失うことになったのも魔女の薬のせいなのだが。
どうにか説得しようと言うアルフレッドの言葉を遮り、エリックが口を挟む。
「スフォリア家への謝罪とミロッソ公爵への外交の引き継ぎ話、そしてミューズ嬢に虚偽の婚約話を伝えたものの特定と断罪、学校の退学届けあたりが必要か。ここを離れ、生活はしていけるのか?」
エリックは弟のしたい事を応援するように今すべきことをまとめる。
「待て、エリックそのような許可、俺は出さんぞ」
父の言葉を無視し、兄弟は会話を続ける。
「いかようにもします。彼女を支える為ならば」
正直自信があるとは言えないが何とかするとしかない。
そんな事で諦める気はないのだから。
「頑張れよ。愛する女性の人生を狂わせたのだから、その責任は持つべきだ」
拘束されたわけでも、監禁されたわけでもなかったならば、拒む方法などいくらでもあったはずだ。
それをしなかったのはティタンの責任だと考えていた。
冷たい眼差しは今度はティタンの後ろに移る。
「お前らはどうするつもりだ」
「俺達は変わらずティタン様を支えたいと願っています」
ルドもライカも、マオですら頷いた。
「待遇も給金の保証もない。それでも一緒に行くというのか? お前達にも責任はあるとはいえ、護衛対象が勝手に離れた事だし、警護の不備については罪に問わない。ここに残るならば俺が引き抜いてもいいぞ」
皆有能で、城の内部を深く知るもの達だ。
本来であれば城外に出したくはない。
それに、今回の件を口外されても困る。
いち令嬢に薬を盛られ、それに流されたなど世間に漏らす事はされたくない。
そんな事をするような者たちではないが。
「昔命を助けられた時から我らの命はティタン様と共にあります。どのような苦労も力を合わせ乗り越えるつもりです」
ルドは王家より賜った身分証をエリックに返す。
「今までありがとうございました」
同じようにライカとマオからも渡され、エリックはため息をついた。
「一時預かる。だから何か困った時があれば戻ってこい」
「ありがとうございます」
頭を下げたティタンにアルフレッドは待ったをかけた。
「まて勝手なことは許さんぞ」
「ではティタンをこの城に閉じ込めておくつもりですか? 止められる者がいるとでも?」
大柄な体躯で大剣を繰り出すティタンの強さはこの城の中でも上位に入る。
そして従者達もそれぞれ剣の腕に優れているし、兄で王太子でもあるエリックもティタンの後押しをしている。
止めようとしたら、大きないざこざになる事は間違いなく、穏便に済ませることは出来ない。
そんな事をしたら事の次第が明るみに出るだろう。
王家の威信は少なからず下がってしまう。
「このまま行かせた方が穏便に済ませられます。シナリオはもう出来てますから」
出来るだけ王家もスフォリア家も傷つかない方法を考えついてはいた。
大事な弟の恋心も傷つけず、平穏に暮らせる方法を取りたい。
アルフレッドはため息をつき、エリックの言葉についに許可を出した。
悪知恵の働くこの長子を敵に回すとろくなことにはならないと経験で知っているからだ。
エリックは自室に戻ると再びため息をついた。
「怒涛の展開だったな。さて何から手を付けるべきか……二コラ、お茶を淹れてくれ。一息ついてから、やることを整理したい」
ミューズの行動は意外であったが、これを使えば自分も望みが叶えられるかもしれない。
合法且つ確実に。
その為には念入りに下準備をしなくては。
共に話を聞いていた薄茶色の髪をした従者が、震える手でお茶を淹れる。
「妹を引き止めなくてよかったのか?」
一言も声を出さず、ただ静かにニコラは話を聞いていた。
「あの子の人生ですから」
マオと二コラは兄妹だ。
先程のやり取りの途中で余りのショックで能面のような表情になったのには気づいていたが、声を掛けることもないだろうと放置していた。
「エリック様もティタン様を引き止めなくて、本当によろしかったのですか?」
「引き止めて素直に止まるような男じゃない。それに責任は持つべきだと考えているのは本当だからな」
大事な弟だが、それとは別だ。
「あの三人も報告書と引き換えに給金を渡すよう新たな契約を持ちかける。ティタンを王族として残す為だと言えば拒むことはないだろう。安定した収入は渡したいしな」
そもそもティタンを王族から追放する気はない。
魔女との約束かは知らないが、撤回させる。
ティタンの武力もミューズの魔力も他国に行かせるには惜しいものだ。
ユーリとの婚約は本当は向こうから慰謝料を貰いたいほど酷かったのだから、問題視はしていない。
形だけの謝罪だというのは周辺国にも知られている。
知らないのは自国のものだけ。
「有能で頭のまわるものが欲しい。外交に強い者を一刻も早く」
これからティタンが抜ける穴をまた埋めなければならない。
叔父のミロッソ公爵だけでは足りないから、周辺国の情勢に知見が広いものだと大いに助かる。
ずっと昔から目をつけていた者を必ず引き入れなくてはと気合を入れた。
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