第14話 記憶の中身

思い出した、思い出せた。


「いくらミューズが何かをしたのだとしても、あのような事をするべきではなかった」

自分の腕を縛るなり、部屋を出るなりすれば良かったんだ。


自制が効かなかった自分が悪い、そう結論づける。


身体の自由を奪う薬を飲ませたのはミューズだが、責める気はない。


彼女は始終謝っていたからだ。


抵抗もなく身を委ねてくれ、震えていた事が思い出される。


きっと怖かっただろう。


「しかし何でそんな事をミューズはしたんだ」

経緯はわかったが、ミューズの気持ちはわからなかった。


ただ確実なのは責任を取らなければならないという事。


「やはり俺は王子には戻れない。未婚の女性に手を出して辱めてしまった。守るべき者を自ら傷つけてしまうなんて、許される事ではない」


「まさか、そんな事をティタン様がするわけがない」

ルドは否定する。


「魔女の媚薬で理性を溶かされたんだから、抗えるわけないじゃない。だからティタン様は悪くないわ」

魔女の言葉にティタンは眉を顰めた。


「あの飲み物に入っていたものか。おかしいとは思ったが……何故そのようなものをミューズに渡した」

事件の一端を担う魔女に怒りがこみ上げる。


「ミューズ様が望んだ事よ。普通ならティタン様は絶対に手を出したりしないでしょうから、だからミューズ様はそれを飲ませたの。どうしても諦めきれず、最後に一度だけ繋がりが欲しかったそうよ」


「最後って、何がだ? もうすぐ婚約することも決まっていたのに」

それを待てない程の何かだったのか?


「ティタン様の婚約者は自分ではないと言っていたけど? だから結ばれないのならいっそ、とだいぶ思い詰めてここに来たのよ」

首を傾げる魔女を見て、血の気が引く。


凍える様な感覚に身体が震えた。


「何故、そんな事を?!」

信じられない、ずっとミューズだけを想っていたのに。


「新たな婚約者という人に面と向かって言われ、そして頼まれたそうよ。悪評の原因となったミューズ様とは結ばれない、本当に好き合ってるのは自分だって。ただユーリ様の報復が怖いから、その時が来るまで周囲にはその事を秘密にして欲しいって言われたみたい」

そんな嘘など、自分に相談してくれればすぐに違うとわかったはずだ。


「聞かれればすぐ本当の事を伝えたのに。俺はそこまで信用がなかったのか……」

ミューズがそんな話をされていたのも気づかなかった。


もっと密に話していたら異変に気づけたはずなのに。


「自分とティタン様は釣り合わないと何度も言って、一人で悩みを抱え込み過ぎたのでしょうね。何度も止めたけど、もう引き返せないって追い詰められていたの」

自分の想いを伝えるには遅すぎたと言っており、心も壊れかけていたように思える。


「ミューズはどこにいるんだ」


「さぁ? でももうアドガルムにはいないわよ。この国にはもういられないからって言ってたから途中まで送ってあげたもの」


「追いかけたい、場所を教えてくれ」


「追いかけてどうするの? 酷い事をした女性を王家は許せるのかしら。それとも極刑を受けさせるの?」

薬を飲ませ、合意なく行なったことは紛れもなく重罪である。


「酷い事をしたのは俺なのだから、刑になどかけさせない。あんなになるまで追い詰めてしまった、普段の彼女だったらそんな事絶対にしないのに。それをさせてしまったのだら償わなくてはいけないだろう」


「……あなたに会いたくないかもよ。今ならまだ一人の令嬢が消えたというだけで、国自体は変わらず平和が訪れるわ。でもあなたがいなくなったら、問題になるんじゃない? ミューズ様は変わらぬ生活を送って欲しくて、あなたの記憶を消したのだもの」


「忘れた振りをしてこれからを過ごすなぞ出来るわけがない。会って、話がしたいんだ」

ずっと恋焦がれていた人だ。


そして傷つけたことも謝りたいし、責任も取りたい。


それらは王族としての地位よりも大事なことだ。


「ならば許可を取ってきなさい。その上でまだ覚悟が続いていたならば、ミューズ様の居場所を特別に教えてあげる」

そう言って街まで送り返された。


転移魔法を使用されたというのは気分の悪さでわかった。


皆青ざめた顔で口元を抑えているが、ティタンはすぐに歩み始めた。


「俺は必ずミューズのところに行く。諦める気はない」






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