第16話 悪意と無自覚

「お世話になりました」

ミューズと通った学校、学校長にだけ別れの挨拶をし、懐かしい学舎を振り返る。


詳細は追って説明をすると言い、退学の旨だけを伝えてきた。


ミューズの退学の話も伝え、こちらも後日改めて話をすると伝えた。


全てはエリックが手を回してくれている、準備が出来次第話し合いの場が設けられ、穏便に終わるだろう。


兄にはいつも世話になりっぱなしだ。


(ここでミューズとたくさん話をしたな)

今となっては懐かしい。


ここで出会った彼女は昔と変わらぬ心優しい少女だった。


幼き頃無謀にも森にて武者修行をしに行ったことがある。


早く皆に、そして憧れの人に一人前として認められたくて、手っ取り早く功績を上げようと、魔獣退治に行ったのだ。


自分は同じ年頃の者よりも強いからと、己の力を過信していた。


なのに実際は思ったように行かず、実力不足を目の当たりにするだけで、しかも毒を持つ魔獣の攻撃を受けてしまった。


何とか撃退は出来たものの、毒消しなど持ってきていない。


朦朧とする意識の中で助けを求めた、ミューズに出会えていなかったら確実に死んでいただろう。


「大丈夫、すぐに治るからね」

そう言って急いで薬草をすり潰し、傷口に塗られ、苦い草を飲ませられる。


思わず吐き出そうとしたが、口直しに果実水を貰ったり飴を貰ったりと、気遣わし気に動く様をみて、何とか耐えた。


「ここには薬草を取りに来たの。お祖父様の森には領地にないものがいっぱいあるから」

でも勝手に入ると怒られるから秘密だよ、と話して、何とかティタンが歩けるようになってから二人で森を抜け、別れた。


ティタンは怪我したことがすぐにばれて怒られたが、ミューズの事については何も言わなかった。


兄が色々と調べてくれたが、自分は名前も聞かなかった。


だから確証を持てなかった。


そこからしばらくは外に出してもらえず、城内にて勉強漬けされ、きつい生活をさせられたのは苦い思い出だ。


今思い出しても気が滅入る。


「懐かしいな」

最初の出会いから十年は経つだろうか、ようやくこの手に掴めるくらい近づけたのに。


早く追いかけて抱きしめたいという気持ちが強くなるが、謝罪や準備がまだ済んでいない。


スフォリア家に行って記憶が戻ったことや、魔女に聞いたこと、そしてこれからミューズを追いかけることなどを報告しなくては。


「ここでの用事は済んだ、次はスフォリア家に向かおう」


「はい」

従者たちと共に足早に学舎を去ろうとする。


そんな折に声を掛けられた。


「ティタン様ですよね?」

振り向くとマリアテーゼ=ミロッソ公爵令嬢が立っている。


「マリアテーゼ嬢」

親類とはいえあまり交流はなかった。


ここ最近までは。


目が合い、瞳が潤んだと思ったら、急に泣き出して駆けよってくる。


その勢いはまるで抱きとめろと言わんばかりだ。


さすがに怯み後ろに下がると、突風が吹いてマリアテーゼの体を押し返した。


彼女は尻もちをついて倒れるが、触れずに済んで良かったと安堵する。


「立てるか?」

手を伸ばそうとするティタンを、マオが押しとどめた。


「折角ぼくが下がらせたのに、近づかないで欲しいのです」

ティタンとマリアテーゼの間にマオが立った、射殺しそうな目をしたルドとライカもその横に並ぶ。


完全にティタンを守る壁となっていた。


「酷いわ、どうしてこのような事をされるのです」

転んでしまったマリアテーゼに手を差し伸べるものは誰も居ない。


「ティタン様に婚約者以外の女性は近づけさせません」

今までは確定していなかったから曖昧にしてきたが、今は違う。


主に近づけていいという女性は一人だけだと決まったので、マリアテーゼのような者は徹底して排除することになった。


そうでなくとも三人はこの女性に最初から嫌悪感を持っていたのだ。


「三人とも、さすがにやり過ぎだ。これではマリアテーゼ嬢が怪我をしてしまう」

ティタンの咎めの言葉に三人は無言になる。


いくら主にそう言われても、婚約者でもないのに馴れ馴れしいこの女を好きにはなれない。


「そうよ、私がティタン様の婚約者なのに、酷いわ」

マリアテーゼの言葉にティタンは固まった。


何をいっているのかと理解が追い付かない。


従者たちの警戒心がより高まった。


「俺とあなたはそんな関係ではない、そもそも従妹同士だ」


「従兄同士でも結婚は出来るわ。それに最近はお父様の元にアルフレッド伯父様の遣いがいっぱい来てましたわ。学校にいる際もティタン様と話すことが増えていたし、つまりそういう事ですよね」

頬を赤らめ話すマリアテーゼは、見知らぬ者にしか見えない。


変な病気にかかり、熱にでも浮かされているのだろうか。


(意味が分からない、何か勘違いをしているのでは?)

筆頭公爵家の令嬢で現国王の弟の実娘だ、こんな愚かなことをいうとは思えない。


「俺から話しかけることなど一度もなかったはずだ。それに求婚もしていない。それなのに何故マリアテーゼ嬢が俺の婚約者になるんだ、君は俺を好いてないし、君も俺を好いていない。だからあり得ない」

断言できる。


マリアテーゼは昔からエリックが好きだ。


その恋が実ることはなかったが、婚約者もいないエリックを諦めることが出来ず、度々求婚しているという話は聞いていた。


叔父にあたるマリアテーゼの父が有能だから、邪険には出来ないとよくぼやいている。


「あなたが私を望んだのよ。ミューズ様を悪女に仕立て上げ、私に責任が来ないようにしてくれて、ユーリ王女との婚約も解消してくれた。そんな大変な思いをしてでも王子妃の座を開けてくれたのは、私の為だって知っているわ。そうしてあなたと結ばれれば私はエリック様の義妹になれる。そうすればずっとエリック様の側に居られるわ」

うっとりとしているが、最初から最後までずっと意味不明な事しか言っていない。


「気でも触れたのだろうか」

正気の言葉とはどうも思えない。


「そう言えば兄が言ってたのです。つい先日にエリック様との面会が禁止されたって」

マオの言葉に納得した。


愛する男性に近づく方法を必死で考えたのだろう。


同情はするが、人を踏みつけにしたのは許せない。


「せっかくミューズ様に退場してもらったのに、あなたも学校に来ないから探していたのよ。早く婚約発表しましょう、エリック様の元に行きたいわ」

一連の言動と退場という言葉。


「ミューズに余計な事を吹き込んだのもあなただな」

王弟の娘で位も高い、ミューズが信じてしまうのも少しだけわかった。


堂々と話をする姿は知らなければ嘘をついているとは見えない。


「だってあなたとミューズ様が万が一結婚したら、私はもうエリック様に近づけなくなるじゃない。大丈夫、責任をもってミューズ様には別な男性を紹介するから」

ミューズがまさか国を出てるとまでは考えていないようだ。


これ以話したら罵倒してしまいそうだ、最悪殴り殺しそうだ。


今は目立つわけには行かないと、苛立ちを押さえ、ティタンは背を向け歩き出す。


「待ってください、まだ話が」

立ち上がり追いすがろうとしたマリアテーゼに視線を向けることも、言葉を掛けることもない。


こんな女に構う時間も惜しい。


「近づけば容赦しません」

マオもルドもライカも剣を手にしている。


如実に語る拒絶の意思だ。


「お父様に、ユリウス公爵に言うからね!」


「好きにしろ」

自分は王族を離脱するのだから、何をどう言ってもらってもいい。


ただミューズがこの国を離れる原因の一端となったのは許しがたい。


何とか物理的に切り捨てる方法はないものかと、冷めた感情で考え出していた。





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