第12話 失くしたもの

「意外と来るのが早かったわね、ティタン様」

魔女は驚いた。


今は深夜、ミューズがいなくなったその日にここに来た。


「早速だが、記憶を戻す薬を寄こして欲しい」

記憶を消す薬に抗っているから頭痛が酷いはずだ。


それなのにここまで立っていられるとは。


「ここの薬は対価が必要、あなたは何を差し出せる?」


「対価? 金なら持ってきたが」

ティタンが示すとマオが金貨を提示する。


それを見て森の魔女は笑った。


「そんなつまらないものではないわ。もっと面白くて、大事なものじゃないと」


「大事なもの?」

そういえばリリュシーヌも言っていた、この魔女が納得するものとは一体なんだ。


「ちなみにミューズ嬢は何を差し出したというのだ」

彼女の大事なものとはなんだろう。


「彼女は決意がしっかりしていてね。アドガルムでの生活、公爵令嬢としての人生、膨大な魔力の半分、そして命と呼ばれるものと引き換えに」

これまでの大半を捨てるものだ。


そして最後の言葉。


「ミューズ様を殺したのか?」

マオの手は剣を握っていた。


「ミューズ=スフォリアという人間は殺したわ。遺髪も届けたでしょ?」

さすがのルドとライカも剣を抜き、切りかかった。


「返せ! 彼女は主の大事な人だ」


「許さねぇ!!」

二人の剣は魔法で阻まれてしまうが、それでも引かない。


「おやおやその主はすっかり忘れているようだけど。それに彼女が納得して差し出したのよ、無理やり奪ったわけではないわ」

ティタンはさすがに悔しくて歯ぎしりをする。


忘れたくて忘れているわけではない。


「ねぇ。王子様。本当に彼女を愛していた? なぜここまで追い詰めた? 覚えはないの?」

魔女ジュエルにそう言われても思い出せない。


だが、思い出したい。


女性を殺したままでは居られない。


それが最愛の人だというなら尚更だ。


「それを思い出す為に記憶を戻す薬をくれ。このままでは何もしてあげられそうにないからな」

ここ最近の事を思い出せないのはそのどれもに彼女が関わっているからだろう。


「では対価は?」


「第二王子の地位、というのはどうだ?」

魔女よりも従者達の動揺の方が激しかった。


「この国を出ていくというのですか?!」


「ミューズ嬢は貴族としての地位も魔力も捨てた。ならば俺も半生を捨てる。兄上に勝手な事をしたと謝罪しなくてはな」

王族をやめても剣を振るうことは出来るから何とかやっていけるだろう。


「これが王族の証だ。これでどうだ?」

国から貰った褒章、勲章、全てを置いていく。


紋の入ったものはマントから短剣から全て。


「後は、何だ?」

ティタンは考えて振り向いた。


「皆にも世話になった。いつか必ず何かの形で恩を返す。だからここでお別れだ、ありがとう」

頭を下げたティタンに声が震える。


「俺達はいつまでもあなたの部下です! 離れる気はありません!」


「そうです、ずっと守ると誓ったです。こんな事は納得できないです」


「嫌です、何があっても俺達はついていきますからね」

三人の怒りはそのまま魔女に向かう。


「これが薬の報酬だというのですか?」

殺気を隠しもせずに言う三人にさすがの魔女も苦笑した。


「そうね。ここまで言うとは思わなかったけど。でも一人の少女の人生を奪ったにしては軽いんじゃない?」


「何か聞いているのか?」

魔女の口ぶりに、ティタンは何かを感じる。


「想い人に振られて生きていけないっていういじらしい乙女心を応援してあげたのよ。見ていて可哀そうだったわ」


「ミューズ様とティタン様は相思相愛だ」

ライカが噛みつくように言う。


「そう思われていなかったんじゃない? 本当に思い当たる節はないの?」

そういえば手紙にも愛し愛される存在になれなかったと書いてあった。


「離れることは多かったですが、ミューズ様も婚約も了承していると聞いたのです。確かに寂しそうではありましたが……」


「全ては話さなかったって事でしょう、それなら本心がわかるわけないわ」

液体の入った小瓶を渡される。


「代金はこちらの物で勘弁してあげる。従者は要らないわ、貰ったら殺されそうだしね」

そう言ってからティタンに耳打ちした。


「ミューズ様は忘却の薬以外もあなたに飲ませたわ。後は記憶の中の自分に聞いてね」


「何?」

何の薬かと聞きたかったが、それよりも早く記憶を戻したかった。


躊躇いなく薬を飲み干す。

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