第70話


 不貞腐れた姉さんの、今度またデートをする。という頼みに二つ返事で頷いた俺は、なんとか協力を得て春花の隣を歩いても恥ずかしくない服装に着替えることができた。姉さんのご機嫌も多少は収まったようだ。


「だが、あれはどうにかならないものか……」


 今日に限らず、春花が関わってくると姉さんは毎回機嫌を悪くする。これまでのことがあるから、いきなり仲良くしろ、というのも難しいとは思うのだが。


「やっぱり、2人には仲良くしてもらいたいからな」


 その為に、俺は一体なにが出来るのだろうか。


 この前の昼休みでは、本音をぶつけ合う2人を見守るだけだったが、果たしてそれで本当にいいのか?


 俺はこの件の当事者。2人の仲が悪くなった原因だ。ならここは、俺が仲裁に入って2人の仲を取り持つべきでは?


「…………」


 想像して、なぜだろう。身の危険を感じる。


「いかんな。デートの前に、余計なことを考えては」


 頭を振って嫌な予感をはらう。そんな俺に、目の前を行き交う人々は不思議そうな視線を送っていた。


 現在俺は、駅前の大きな木の下に立っている。春花が、今回は自宅まで迎えに行くのではなく、こういった待ち合わせスタイルにしようと提案したのだ。なんでも、その方がデートっぽいからとか。


 俺としてもそれは好都合だった。成り行きではあるが、今朝姉さんとあんな事があったから、出来れば2人には顔を合わせてほしくない。ばったり鉢合わせでもすれば、また姉さんの機嫌が悪くなってしまう。


 それを避ける為にも、今回こうしてもらって助かったのだが……いかんせん、早く来すぎてしまった。姉さんから逃げるように家を出たから、約束の時間までまだ30分もある。


 辺りを見回す。恐らく、俺たちと同じように待ち合わせをしていたのであろう。数組のカップルたちが、相手が来たことを喜び、笑顔を見せて嬉しさを共有しあっている。


 そんな甘い雰囲気の中、ぽつんと佇む俺1人。場違い感が甚だしい。


 が、あと30分はこうして待っていなければならないのだ。ここは耐えねばならない。俺は周りを気にしないよう目を閉じる。


 するとその耳に「た、たっく~ん」と、明るく晴れやかで、聞き覚えのある声が届いた。


「早いな、もう来たか」


 目を開けずともわかる。俺をその名前で呼ぶのは、1人しかいないのだから。


 閉じたばかりの目を再び開ければ、春花がとてとてと、仔犬が主人に駆け寄ってくるようにこちらに向かって走ってくるのが見える。


「はぁ、はぁ……お、お待たせ。ま、待った?」


 目の前まで来た春花は息を整えると、照れながらそう言う。デートっぽくしたいと言っていたから、その台詞もデートでは王道の挨拶だった。


 だから俺も春花の期待に応えようと、これまた王道の挨拶で返す。


「いや、今さっき来たばかりだ」


 本当は結構待っていたが、いくら俺でも流石にそこは間違えない。まぁ、春花は薄々気づいているかもしれないが。


「……その服」

 

 そして、これがデートならば、会った時にしなければならないことがあるだろう。周防から聞いた、数少ないまともな情報の1つだ。


「その服、似合っている……昔より、その、少し大人っぽくなったな」


「……あ、ありがとう……」


 春花は嬉しそうにはにかんで言って、すぐに顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。


 そんな照れた春花の服装を、俺はもう1度よく見る。


 先程の言葉通り、私服姿の春花は中学の頃に見た服装よりも、少しだけ大人びて見えた。


 上はボリュームのある白の長袖に、重ね着したブラウンのベスト。下は足首まで隠れるスカートで、ベストと同じブラウン色なのだが、スカートの方がやや淡い色だから全体的に重すぎない色合いになっている。


 ゆったりとした印象と、落ち着いた色合い。その2つが、可愛らしさと大人っぽさを両立させていた。


「た、たっくんもその……かっこいいよ、凄く」


「……ああ、ありがとう」


 なるほど、たしかにこれは少し照れくさい。春花もちらりとこちらを見て褒めるから、俺は頬を掻いてそう言った。


「その……おしゃれ、してくれたんだね。その服、今日の為に買ってくれたの?」


「ん? あぁ、そうだな、先週……」

 

『先週、姉さんと買いに行った』言いかけたその言葉を寸前で止める。


 今日デートする相手は春花だ、ここで姉さんの名前を出すのは失礼だろう。


「……先週、今日の為に買ったんだ。折角のデートだし、たまにはな」


「う、うん。ありがとう」


 身もだえするほど照れくさいやり取り。俺たちは黙り込んでしまう。


 このままだと、堂々巡りになってしまうな。


 そう思った俺は、落ち着かない様子で指をからめる春花の手を引いた。いきなり手を引かれ、春花は驚いて目を見開く。


「そろそろ行かないと、電車に間に合わなくなるぞ」


 俺がおどけたように笑って言うと、春花は。


「うんっ」


 春花も笑顔を見せて、俺の隣についてくる。


 こうしてGW初日。春花との久しぶりのデートが始まった。


* * * * *


「……あれ?」


「ん? どうかしたか、春花?」


「えっと……たっくん、今日香水つけてる?」


「香水? いや、そんなものはつけていないが」


「ん〜なんだろ、朱里さんの匂いにちょっと似てるかも?」


「っ!?」


「たっくん?」


「……いや。昨日、姉さんのシャンプーを間違って使ってしまってな」


「あ、そうなんだ〜」


「…………」


 今日のデート、なんだか波乱の予感がしてきた。


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