第37話
がやがやと耳に届く騒がしさと、身体に走る鈍い痛みで、私は目を覚ました。
「ん、んん…………うっ」
意識が覚醒した途端、かび臭さと埃っぽさが混ざったむせかえる匂い。
そしてお腹の中に気持ち悪さがたまってくる煙たいタバコの匂いが鼻をついて思わず顔をしかめる。
「ここ、は?」
酷い倦怠感を纏いながら、なんとか身体を起こして辺りを見渡せば、そこはもう使われていないボーリング場のようだった。
ひび割れた液晶モニター。埃が積もった床に、散乱する椅子やテーブル。
ところどころ簡易的なライトで照らされた薄暗い室内には、服をだらしなく着崩した高校生くらいの男の人が大勢いた。
龍崎さんたちがいた広場に似ているけど、雰囲気や空気が全然違う。ここには、あの場所のように包み込むような笑顔はなくて、粗暴というか意地汚いというか、そういったいやらしい笑い声が満ち満ちていた。
怖い。帰りたい。早く、ここから逃げなきゃ。
私が出口を探して身じろぎすると、1人の男の人が、大股で近寄ってきた。
「起きたかよ。はっ、逢沢の野郎、こんな女はべらせてやがったのか。いい趣味してやがるぜ。なかなかいねぇよ、こんな上玉」
「あ、あなたは……」
「俺か? 俺はここの連中を仕切ってる武藤だ。もし無事にここから出られれば、逢沢の奴に教えときな」
無事に出られればな。武藤と名乗ったその人は、最後にそう付け足して意地悪く口元をにやけさせる。
「な、なにが目的なんですか? 私なんか攫って……」
「別にてめぇには用はねぇ。だが、一緒にいた逢沢の野郎には借りがあんだよ。てめぇはあいつをおびき寄せる為の餌だ」
「た、たっくんに?」
借りってなに?
私が抱いた疑問を、近くにいた人が武藤に尋ねる。
「あの、武藤さん。借りって? それに逢沢って、この前桐生ヶ丘で邪魔してきた奴ですよね? 一体なにもんなんです、あいつ」
「あぁそうか、知らねえのか。まぁ、あの時いた奴はほとんど豚箱行きになっちまったからな……ちっ、思い出しただけで腹が立つ」
武藤は嫌なことを思い出したように、憎々し気に表情を歪める。
「二頭龍は知ってんだろ? 1年半くらい前だ。この場所に奴らがやって来て、そん時いたメンバーをほぼ全員のして
「あ、なんか聞いたことあります。数では勝ってたのに、手も足も出なかったとか」
「あぁ⁉ るせぇっ、くそったれっ!」
「ひぃ⁉ す、すいませんっ!」
失言をしてしまった男が武藤に罵声を浴びせられ縮こまる。
「ちっ。まぁたしかに、奴らが喧嘩慣れしてるのは間違いねぇよ。けどその中でも、龍崎光と逢沢龍巳。この2人は格が違い過ぎる。ありゃバケモンの類だ。あいつらだけに、半分近くやられた」
「そ、そんなにやばい奴だったんですか……なんか、まるで漫画の世界っすね」
「笑えねぇ冗談すんじゃねぇ。もう1ぺん言ったらぶっ殺すぞっ」
「す、すいません……」
理不尽に言われた男は弱々しく答えると、速足で身を引いて行った。
「ちっ、気分悪ぃ……とにかく、今日は絶対ぇあん時の借り返してやる」
武藤は恨みがましい声で独り言ちる。
話を聞いていると、この武藤という人。どうやらたっくんと龍崎さんに復讐がしたいみたいだ。
人質なんて卑怯なことをしていれば、自分があの2人よりも劣っていることを認めているようなものなのに。その事実を認めたくないのか、武藤は愉悦の入った笑みを浮かべて、病的に熱っぽく、1人ぶつぶつと喋り続ける。
「今回はあん時みたいにはいかねぇ。これだけの人数集めてんだ。この女をだしにして1人で来るようしむければ、いくらあいつが化け物じみた強さでも、流石に敵わねぇだろ」
なんだか、ここまで卑劣になってくると憐れみを感じてしまう。
「そんなの、卑怯ですよっ」
「あ? 卑怯、だぁ?」
武藤はその声に反応して、今まで気にも留めていなかった私にぎろりと視線を向ける。私は気おくれして息を詰まらせるけど、それでも気丈に声を張った。
「は、はいっ。それに、私を人質にしたところで意味ないです」
たっくんは優しいから、私が捕まったと知れば助けに来てくれるだろう。1人でも。
でも、私のせいでたっくんが傷つくのは、もう嫌だ。
「なにを見て勘違いしたのかは知りませんけど、私たちはただの……っ。ただの、クラスメイトですから。呼んでも、きっと警察の人を呼びます」
自分で口にしていて辛くなる。
でも、私を人質にしているからこその余裕なら、その価値がないとわかればこの人たちも諦めるはず。
「……はっ。彼氏守りてぇのはわかるけど、嘘はよくねぇなぁ」
けれど、武藤は私の言葉を鼻で笑って一蹴する。
「そう言って俺たちのこと諦めさせようと思ったんだろうが、てめぇさっきあいつのこと〝たっくん〟って呼んでただろ? ただのクラスメイトが、んな呼び方するわけねぇだろうがっ」
武藤は椅子を蹴り倒して立ち上がり、私の胸倉を掴み上げる。息苦しさと恐怖でこわばった声が漏れ出た。
「へへ、嘘つきの悪い子にはお仕置きが必要だよなぁ。逢沢の野郎を呼びつける前に、まずはてめぇで愉しませてもらうぜ。ここにいる全員相手にしてもらうんだ。あいつが来る前にぶっ壊れちまうかもなぁ」
「い、嫌っ……やめて、離してっ」
私の体を舐め回すように見る下卑た視線。顔にかかる気持ちの悪い熱を帯びた息。これからどういう目に合うか想像できてしまう。
私はなんとか抵抗しようとじたばた暴れるけど、武藤の力が強くて振りほどくことができない。
「ははっ、痛くも痒くもねぇよ」
「きゃっ!」
武藤は胸倉から手を離すと、今度は馬乗りになって両手を押さえつけてきた。身動きが取れなくなった私は嫌々と頭を振ることしか出来ない。
「いいぜ、もっと抵抗してみろ。嫌がる女を屈服させるのが、最高にたまんねぇんだよ。ぶっ壊れたてめぇを見た時の、あいつの顔を見るのも……な!」
嫌がる様子を見て嗜虐心を掻き立てられた武藤は、私の制服に手をかけると、思い切り引き裂いた。その下に隠されていた水色の下着と地肌が露わになる。
「い、いやぁぁぁ‼」
私は悲鳴を上げる。無意識に隠そうとするけど、押さえつけられていて手を動かすことが出来ない。
そして武藤は、残る下着もはぎ取ろうと、恐怖を煽るようにゆっくりと手を伸ばす。
「や、やだやだやだっ! たっくん以外の人になんて、絶対にいやぁぁぁっ‼」
たっくん以外に肌を見せることも、触れさせることも。まして初めてを奪われるなんて、絶対に嫌だ!
「はははっ! ほら叫べ叫べ! もしかしたらあいつが助けに来てくれるかもしんねぇぞ!」
けれど、そんな思いも虚しく、私の叫び声を聞いた武藤はますます
もう、駄目なのかな。
結局、たっくんに気持ちを伝えられないまま、私は……。
これはきっと罰なのだろう。たっくんを裏切ってしまった、私への罰。
なら、受け入れるしかない。私は涙を流し、抵抗することを諦めた。
だけど、最後に1度だけ。
駄目だとわかっている。でもこれが最後だからと、私は大切なその名前を呟く。
「……たっくん」
大好きだよ。
* * * * *
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