第36話


「流石だな。もう見つけたか」


 桜井の居場所の目処が立ったという連絡を受け、一先ずはと俺は安堵の息を吐く。


 が、まだ楽観視は出来ない。この瞬間にも、彼女の身になにかあったら。そう思うと、どうしようもなく気が急いてしょうがなかった。


 液晶を眺め、祈るようにスマホを握りしめる。


「……早く来てくれよ、光」


 はやる気持ちを抑える。今は、光の迎えを待つしかない。


 だが、事情を知らない2人は別だ。一向に動こうとせず、妙に落ち着いている俺に業をにやしたのか、テツが俺の肩を激しく揺すった。


「おいタツ、なに悠長にしてんだっ」


 普段は飄々としているが、今ばかりはテツの声と表情からは焦りと怒りが読み取れる。

 

「春花が攫われたんだぞっ。すぐに探しに行かねぇとっ」


「大丈夫だ。居場所なら今さっきわかった」


「わかったって……なら、今すぐその場所に向かうぞ。お前が行かねぇなら、俺が……」


「もうすぐ迎えが来るんだ。そっちで行った方が早い」


「迎え?」


「ああ。そいつが場所も見つけてくれた。それから……」


 俺はそこで、言おうかどうか迷って言葉を口の中で転がす。


「それから、協力してくれるのはありがたいんだが、お前たちは帰っていてくれ。これは俺が蒔いた種だ。けじめは自分でつける。2人を、巻き込みたくはない」

 

「……は?」


 一瞬、言われた意味がわからないとテツは呆けて、理解した途端に物凄い剣幕で詰め寄ってきた。


「おい、なに馬鹿なこと言ってんだ。俺達ダチだろ? 俺らも行くに決まって――」


「待って、テツくん」


 激昂したテツが俺の襟首を掴もうとすると、今まで静観していたトワが肩に手を置き落ち着かせる。


「な、なんだよ?」


 気勢を削がれたテツは、行き場をなくした腕を宙に浮かせたままトワの方を向いた。


 トワはテツを一瞥すると、今度は俺に視線を送り、なにか悟ったように穏やかな表情で頷く。


「……リュウくん、気を付けてね」


「なっ!?」


 驚きでテツの目が見開かれる。


 俺も少し驚いた。てっきり、自分も行くと言い出すと思っていたから。少なくとも送られるとは思っていなかった。


 俺たち2人に視線を向けられ、トワはテツに対して、諭すような声で言う。


「信じてあげようよ、友達ならさ。だから、リュウくん。無事に帰ってきてね?」


「……あぁ、そうだな。明日また、必ず顔を見せる」


 俺が答えると、トワはいつものようにのんびりとした笑顔を見せた。それで頭が冷えたのか、テツは伸ばした手を下げ、しかしまだ釈然としないのか唸ってガリガリと後頭部を掻く。


 そしてわだかまるすべてを無理やり呑み込み、深いため息を落とした。

 

「くっそ。あぁもう、わかったよっ。その代わり、絶対春花を助け出してこい!」


 テツはトンと俺の胸に拳を当てる。


「……あぁ、わかってる」


 軽く当てたはずだが、その拳はとても重く感じた。なんだか、思いとか覚悟とか、そういうのが流れ込んできたような気がする。


 これは、絶対に2人で帰って来なければな。


「2人とも、ありがとう」


「……んだよ、らしくもねぇ」


 テツが照れ笑いをすれば、俺とトワは苦笑した。ようやくいつもの空気が俺たちの間に戻ってくる。今度は、冷静に話すことが出来そうだ。


「それより、その迎えってのは、一体いつ来るんだ?」


「さっき出たと言っていたから、あと数分もすれば……」


 そこで俺はふと思い出す。そういえば、光は桐生ヶ丘の場所を知っていたか?


「……来る、とは思うんだが……」


 不安がよぎる。流石に学校の場所くらいはわかっているとは思うが、心配になってきた。


 そして、俺はもう1つの心配事があることに、声をかけられて初めて思い出した。ここはまだ、学校の敷地内なのだ。


「お前ら、まだ帰ってなかったのか? こんなところでなにしてる」


 柊先生の声だった。どうやら校内に生徒が残っていないか巡回していたらしい。


 校門前でたむろする俺たちに気づくと、説教でもするためか迷わず近づいてくる。


「なんだ、なにか言えないようなことでも企んでいたのか?」


「いや、その……」


 そんな時間はないのに。問い詰められ、煩わしさを感じ、言い訳の言葉を探してまごつく俺たち。


「……ん?」


 すると沈黙するその場所に、遠くの方から、聞きなれたバイクの排気音が届いた。


「なんだあれは? こっちに向かってきているな」


 先生も気づいてそちらを見る。


 バイクはどんどんと近づいてきて、放つライトの光が眩しくなり、俺たちは揃って目を細めた。


 そして十数秒もしない内に校門前で激しいスキール音を掻き鳴らして停止し、焼けたゴムの匂いを辺りに漂わせる。操縦していたのは光だ。


「ふぅ。うろ覚えで適当に来ちまったが、案外着くもんだな」


「おい」


 大分不吉なことをさらっと言ってくれたな。思わず声が出てしまった。


 光はヘルメットを外すと、うっとおしそうに白い髪をふぁさと振って舞い踊らせる。


「龍巳、迎えに来たぞ。さっさと後ろ乗れ……って、あれ?」


 光が視線を巡らせば、俺のすぐ近くにいたテツやトワと目が合う。2人とも、呆然と口を開けて目をぱちくりしていた。


「その2人は龍巳のダチか?」


「お、おう。あんたは?」


「俺か? 俺は龍崎光ってんだ、よろしくな」


「あ、ああ……」


 テツは光とやり取りを交わすが、珍しく狼狽えた様子だ。人見知りするような性格でもないだろうに。それほど光の登場は衝撃が強かったのか。


「悪ぃが、今はきちんと挨拶してる時間もねぇ。龍巳のこと借りてくぞ。ほら来い」


「ああ、頼む」


 光が手招きをして、俺はすぐに後ろに乗ろうとするが、そおで先生がテツたちを押し退け俺たちの間に割って入る。


「ちょっと待て。貴様、いきなりやって来たかと思えば、私の生徒をどこに連れて行くつもりだ?」


 まぁ、得体の知れない人物に自分の生徒が連れて行かれようとしていれば、教師なら当然そういった反応になるだろうな。


 先生が光に詰め寄ると、2人はそこで初めてお互いの顔を詳しく視認した。


「……ん?」


「んぁ?」


 目が合い、しばし膠着。先に口を開いたのは先生だった。


「その白い髪……お前、まさか……」


 先生は探るような視線を光に向け、なにかを思い出そうとしているのか、訝しむ表情で片方の手を口元に当てている。


「っ! やべっ、龍巳っ、さっさと乗れ!」


 突如なにかに気がつき、気後れしたような慌てた声を光は上げる。その声で弾かれはっとした俺は、先生が考え込んでいる隙にバイクに飛び乗った。


「あっ、こら待てお前ら!」


 先生が俺の腕を捕まえようとするが、さらりと躱されその手は空を掴む。


 制止を振り切った俺たちは先生の叫び声を背中に受け、バイクを走らせた。


 バイクは一瞬で3人を置いて行くと、夜の街へと消えていった。


「……なぁ、龍巳。ありゃお前の先生か?」


 バイクを走らせながら光が聞く。


「ああ。柊先生だ」


「柊……そっか。とんでもねぇ人が先生になっちまったな」


「は?」


 たしかにとんでもない人ではあるが。


「いや、なんでもねぇ。ま、これから色々大変だろうが、頑張れよ」


「?」


 一体なんの話をしているんだ?


* * * * *


「いやぁ、驚いたね。リュウくん、なんか凄そうな人と知り合いなんだね」


「そうだな。まぁ、タツが何処でなにしてようが、俺たちのダチってことに変りねぇだろうよ」


「あははっ、テツくんならそう言うと思ったよ。うん、これからも僕たちは友達だよね」


「あぁ。…………しっかし、白髪の龍崎に、黒髪の龍巳。あれが話に聞いた二頭龍の2人か」


「? テツくん、なんか言った?」


「……んにゃ、なんも」


* * * * *


ここまでご覧いただきありがとうございます。


よろしければ作品のフォローやレビュー評価をよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る