第23話
挨拶を交わした俺たち3人は、昨日の帰りと同じ並びで学校までの道のりを歩いていた。
挨拶以降、特に会話もない桜井と姉さんを、俺は横目で見る。
桜井の方は、呼び出されたことが気になっているのか不安そうな視線をちらちらと姉さんに向けているが、気づいてるであろう当の本人は、今は話すことはないと無言を貫く。息が詰まるような気分だ。
どうすればいい。
この場を取り持つため、なにか気の利いた話題でも振ればいいのだろうか。だが、ひと言でも発すればそれが起爆剤となって、また揉めるのではないかと内心ひやひやだ。
結局。俺は怖気づいて、黙って2人に付いて行くしかなかった。やっとの思いで学校についた頃には、心身とも大分疲弊していた。
姉さんと別れた後も、肩を落として俯きがちに、桜井を連れ立って教室に入る。
すると、俺たちが入った途端。にわかに教室内が色めきだった気配を感じた。
「…………ん?」
しかし顔を上げても、数人の生徒が談笑しているだけで、こちらを気にもしていない。少々わざとらしさを感じるが、普段通りの光景が広がっている。
気のせいだったか。妙な居心地の悪さを覚えながらも自分の席に着けば、先に来ていたテツが、にししとうざったい笑みを向けてきた。こいつも結構早く登校して来るんだな。意外だった。遅刻してきそうな印象しかない。
「おはようさん。けど、女を連れて登校とは、タツも中々隅におけねぇな」
こいつ、白々しいな。隣では桜井が顔を赤らめる。
「ああ、おはよう。まぁ、成り行きでな」
「成り行き、ねぇ……」
心の内をうかがうような、含みのある言い方だった。俺は立ち上がり、桜井の耳に入らないようテツをひっ捕まえて教室の端へと移動すると、小声で耳打ちする。
「なにを勘ぐってるのか知らんが、お前の考えているようなことは一切ない。それはそうと、昨日は随分と余計な気を回してくれたらしいな」
「まぁな。いやなに、友人のためだ。礼には及ばねぇよ」
皮肉で言ったのだが、テツは誇らしげにどや顔を決める。
「誰が礼なんぞするか。お陰でこっちは大変だったんだぞ」
ただでえさえ過密な1日に、余計な面倒ごとを持ちこんできやがって。
「……で? なにがあって、お前は桜井と話をするようになったんだ?」
「まてまて、顔が怖ぇぞ。嫉妬か? そんな不機嫌になんなって」
やや口元を引くつかせて両手で制すと、テツは俺から距離を取る。
「別に、桜井がタツと話がしてぇって言うから、居場所教えただけだよ」
「それだけか?」
「本当にそれだけだって」
とぼけたような、あからさまに仰々しい態度でテツは肩をすくめる。まだなにかありそうだが、答えるつもりはないというところか。
「話すつもりはないみたいだな」
「悪りぃ。こればっかりは、タツでもな。けどそん時が来りゃちゃんと事情話すから、安心しとけ」
「どんな時だ」
「それを教えちゃ意味ねぇだろ? そういうのは、自分で考えてなんぼだ」
話はこれで終わりだと、テツは俺の肩を叩いて席に戻る。
釈然としないが、嘘を言っているようにも見えないし、テツの言うことも理解はできる。納得できるかは別だが。
胸に靄を抱きつつも、俺もテツに続いて席に戻る。HRまでまだ時間があるし、さてどう暇を潰そうか。今の今でテツと談笑というのもやりにくい。
大して眠くもないが、そら寝でもするか。
机に突っ伏し瞳を閉じて、瞑想の世界に没入する。視界がなくなると、耳に感覚が集中して、いつもよりも周りの音が良く聞こえた。
だからだろうか。いつもなら気にも留めない廊下を歩く生徒たちの話し声に、意識が向かったのは。
「そういえば、昨日コンビニの前でたむろしてた他校の生徒。あれ絶対黒士館高校の生徒だよな」
「学ランだからぱっと見じゃわかんないけど、あの頭悪そうなのは絶対そうだって」
「見るからに底辺って感じで、店出る時、思わず鼻で笑っちゃったよ」
「はは。俺も」
不快感を覚える、嘲り交じりの笑い声。
自分が優位だと疑わない、相手を見下す嘲笑だ。以前にも似たものを聞いた覚えがある。といっても、中学時代のあれだが。
ああいった優劣を付けたがる欲求が無意識に膨らんでいって、いじめやらなんやらに繋がっていくのだろうな。そう考えると人間、いつ自分が加害者になるかわかったものではない。
ともかく、気になったのはそこではない。黒士館と言ったか、さっきの生徒は。どこかで聞いた名だった。
もともと眠くはなかったのだが、なにか歯に挟まったように気になって、完全に目がさえてしまう。
「なぁ、テツ」
「ん? どうしたよ?」
「さっきちらっと聞こえたんだが、黒士館という学校名に聞き覚えはあるか?」
「黒士館? 隣街の学校だな、そりゃ。ここら辺じゃ有名な
やたらと詳しいな。警察の呼び方も独特だし、そういうのが好きなのだろうか。
「で、それがどうかしたか?」
「いや、どこかで聞いたことのある名前だったからな。だが、気のせいだったみたいだ」
俺はそこで話を終える。名前を聞いても、ついぞ思い出せなかった。
だが、心当たりなら多分にある。不良校。なるほど、どこかでばったりと会っているかもしれない。もしそうなら、あちらは俺に恨みでも持っているのだろうか。
そればかりは、身から出た錆だろう。周りに当たり散らかしてはしゃいでいたあの頃の自分を、この餓鬼がと叱りつけて殴ってやりたい。
「ま、天下の桜田門が頭抱えるくらいだ。素行はかなり悪いって聞くし、タツも気を付けとけよ。そう簡単にやられるような、軟な奴じゃねぇだろうがよ」
やはりこいつは、任侠ものとか不良ものが好きみたいだな。言い回しがまんまそれである。
そっち界隈の人間が見れば、そんな憧れるようなものでもなければ、浪漫を求めるようなものでもない。格好いいと思っているのかと言われるだろうが。
「……ああ。お前もな」
耳に痛いので、考えるのは止そう。
テツの言葉にか、はたまた自分にも身に覚えがあったからか、俺は自虐的に笑って返事をした。
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