第19話
「立ち話もなんだ。まぁ中に入ってくれ」
会長に招かれ生徒会室に入ると、俺はすすめられるままに、応接用のソファーに腰を降ろす。
「さて、弟くん。改めてよく来てくれた。ようこそ生徒会へ。遠慮せずにくつろいでいくといい」
俺が座ったのを確認すると、会長もテーブルを挟んだ反対側のソファーへ。対面する形になった。倒れていた女子生徒も体を起こすと、会長の隣に座る。
残る姉さんは、2人がけのソファーのため必然的に俺の隣に座るのだが、やたらと距離が近い。横には大分余裕がある。顔を見れば、ニコニコととてもいい笑顔だった。
「仲の良い姉弟だな」
羨ましそうに俺たちの様子を眺めて、会長は少し青みがかった長い黒髪を後ろで1つに束ねる。
たしか、ポニーテールというやつだったか。髪型に疎い俺は、なにかで見たその名称を、記憶の片隅から引っ張り上げた。
「あぁ、これか? 髪が長いからな、座るとどうしても邪魔になる。だからこうして縛っているのさ」
思い出すのに集中して、目を離すことを忘れていた俺に、会長がそう説明する。
「それはともかく。どうだ? 初めて生徒会室に入ってみた感想は」
「そう、ですね……」
どうだ、と言われても、普段使っている教室と造りに大して違いはない。
返答に詰まる俺は取り敢えず、なにか感想になるようなものはないかと部屋の中を見渡す。
流石に名門校の生徒会というべきか、書類や備品などはきっちりと整理されていた。役員たちの几帳面な性格が出ているようだ。
……ただ、一部例外はある。
一画だけ、妙に散らかっている机があった。上にはお菓子の包装紙や空の箱、ゲーム機などが散乱し、周りが整頓されているぶん、そこだけ非常に目立つ。
ノートパソコンもあるにはあるが、しばらく使われていないのか、うっすらと埃をかぶっていた。
「きちんと整理されていると思うのですが……その机は?」
「あぁ、これか。はぁ、まったく……寧々! いつも机の上は整理しろと言っているだろう!これじゃあ作業なんて出来ないじゃないか!」
寧々と呼ばれた、先程まで倒れていた小柄な女子生徒は会長の言葉に、びくりと肩をすくめた。
「ご、ごめんさい……」
彼女は左右に分けたピンク髪と肩をしょんぼりと落とし頭を垂れる。それを見て、会長はしょうがないなと、呆れ混じりの苦笑いを浮かべた。
「後で片付けておけよ……すまなかったな、弟くん。見苦しいものを見せた。彼女は
「いえ、それは別に。あと、その弟くんという呼び方は……」
「朱里の弟だから、こう呼んだ方がいいと思ったのだが?」
「普通に名前でいいですよ」
その呼び方には、なんだか違和感を感じる。
「ふむ。では、龍巳と呼ばせてもらおう。私のことも葵で構わない」
「わかりました。葵会長」
言われた通り呼んだのだが、会長は難しく唸る。少し困った様子だ。
「会長はよしてくれ。それから敬語も。苦手なんだ、そういうのは」
「いえ、しかし……」
流石に俺でも、上級生に対してタメ口は躊躇う。食い下がろうとするが、会長が「いいんだ」と遮った。
「朱里や寧々にも、そういうのは止せと言ってある。政也……あぁ副会長なんだが……あいつは頑固だからな。言っても聞かなかった。だが友人の朱里の弟である龍巳には、同じく友人として接してほしい」
「……そういうことなら、わかりま……わかったよ、葵さん」
「うん、それでいい」
本人がそれでいいと言うのであれば、頑なに断る方が失礼というものだろう。ぎこちないながらも名前を呼べば、葵さんは満足そうに頷いた。
「ところで、今日はなんで俺を呼んだんで……呼んだんだ?」
しかし、やはりすぐには慣れない。
話し方1つに悪戦苦闘している俺の様子がおかしいのか、葵さんはクスクスと笑いながら答える。
「ふふ、慣れないか? まぁ徐々にでいい。今日呼んだのは、朱里から君の事を以前より聞いていてな。興味が湧いたから、こうして話してみたいと思ったんだ」
「それは、どういう……」
「いやなに。とても優秀な弟がいるから、是非とも生徒会に加入させたいとな。朱里がそこまで言うんだ。私も龍巳さえ良ければ、生徒会に入ってもらいたいと思うが……」
「それは……誘ってもらって申し訳ないが、遠慮させてくれ」
俺に生徒会役員が務まるわけがない。断固拒否させてもらう。
「うむ。だろうな」
突然こんな話をして、素直に了承されるとはハナから思っていなかったのだろう。この話はここで終わりだと言わんばかりに、葵さんは背もたれに寄りかかる。
しかし、隣に座っていた姉さんは違った。愕然とした顔になり、元々あまりなかった距離をさらに縮めてきたのだ。
「なんで!? 龍巳なら要領いいから、絶対に役員だって務まるわ!」
「人付き合いが壊滅的に苦手なんだ。こんな社交性のない奴を入れても、他の生徒にだって迷惑だろ」
「そんなこと……」
なおも引き下がろうとしない姉さん。なんだってこんな俺を生徒会に入れたがるんだ。普段は冷静に物事を考えられる姉さんだが、こと今に限ってはかなり熱くなっている。
「まぁまぁ朱里、少し落ち着け。いきなりこんなこと言われても、龍巳だって困るだろう」
「で、でも……」
「別に今日は勧誘の話をするために呼んだわけじゃないんだ。この話は、また今度にな」
「……わかったわ」
渋々ながらも頷く姉さんだが、その顔はまだ諦めていない。何がなんでも俺を生徒会に入れるという意思を感じた。なにがそこまで姉さんを駆り立てるのやら。
「わかったならいい。それはそうと……いい加減、離れたらどうだ?」
葵さんは、姉さんが俺に覆いかぶさる姿を、にこりと微笑みまじまじと見ている。結構際どい体勢だということに、今更ながらに気づいた。
というか、姉さんの顔が近い。身じろぎでもすれば、唇が触れてしまいそうな距離だ。
「そうだな。姉さん、ちょっと離れ――」
「え、なんでよ?」
姉弟でおかしな事故が起きる前に、一刻も早く離れてもらおうと姉さんに言うのだが、遮るように疑問の声が上がる。姉さんは心底不思議そうな、邪気のない顔をしていた。
俺たち4人の間に、妙な雰囲気が漂い始める。
姉さんはいたって自然体なのだが、それ由に残りの3人は自分たちがおかしいのかと数秒硬直。やがて葵さんが困惑しながらも口を開く。
「……ま、まぁあれだ。そんな恰好じゃあ、落ち着いて話もできないからな。出来れば離れてほしい」
「そうだぞ、姉さん。葵さんの言うとおりだ」
「むぅ……」
不満げに姉さんは唸るが、名残惜しそうに、俺からゆっくりと離れてくれた。
「本当に2人は仲が良いな。私は1人っ子だから、見ていて羨ましいぞ」
「いや、そんなことは……」
いつもならこんな感じではないと否定しようとするのだが、俺が言い終わる前に、葵さんが妙案を思いついたように、顎に手を当てさする。
「ふむ……どれ、試しに私のことを『葵姉さん』と呼んでみてくれないか?」
「……あ"?」
期待に満ちた眼差しだった。その瞳はきらきらと輝いているように見える。
というか、今隣から聞こえてきた声に殺意が含まれていた気がするのだが、気のせいだろうか。怖いので確認したくない。
「やっぱり、駄目か?」
やはり難しいかと肩を落とす葵さん。そこまで呼ばれたいのか。少し可哀想に思えてきた。
「まぁ、それくらいなら……」
「おぉ、本当か!」
「ちょっと、龍巳⁉」
2人に詰め寄られる。呼び方くらいで大袈裟な気がするが、とりあえず2人には落ち着いてもらい、俺はコホンと1つ咳払い。おそるおそる姉さんに視線を送る。
「なぁ、姉さん」
「……ふんっ」
あからさまに姉さんはふてくされていた。鼻を鳴らしてそっぽを向く。
子供じゃあるまいし。この程度のことで、そこまでムキにならなくてもいいだろうに。
対して葵さんはというと、パァと笑顔で両手を広げている。周りに花でも舞っているのが幻視できるほど。姉さんとは雲泥の差といったところか。
「さぁ龍巳、私の事を姉さんと呼んでくれ!」
いざとなると、こそばゆいものを感じる。
「……今回だけだぞ……葵、姉さん……」
「はぅっ!?」
俺がやや躊躇いがちに姉さんと呼べば、葵さんは胸の辺りを押さえて固まってしまった。心なしか顔も赤い。
「どうかしたか、葵さん?」
「あ、あぁ、すまない。感極まってしまって、ついな……」
大袈裟な人だな、このくらいで。案外純情なのかもしれない。
……だが、そんな俺の葵さんへの好印象は、次に発せられたひと言で脆くも崩れ去る。
「あぁ、あまりの嬉しさに軽く、湿ってしまった……」
「…………今、なんと言った?」
何かの聞き間違いではないかと、顔を赤らめて、もぢもぢと太もも同士をこすり合わせる葵さんに俺は尋ねる。聞き直すのか。お前正気かと、葛城先輩は驚愕した目でこちらを見てきた。
「わかりにくかったか? 簡単に言うと、濡れてしまったと言ったんだ。確かめてみるか?」
「いや、いい。聞かなければよかった」
臆面もなく、ほれとスカートをたくし上げようとする葵さんを手で制すると、俺は顔を手で覆って腰を折り、地面に大きなため息を落とす。
「……この人もか」
しっかり者で、純情に見えた我が校の生徒会長。葵さんは、ただの変態だった。
何故俺の周りにいる人間は、こう一癖もある奴ばかりなのか。そんな俺の心情など知る由もない葵さんは、下を向いて表情が伺えない俺を心配そうに覗き見る。
そんな葵さんを今まで静観し続けていた姉さんが、我慢の限界とばかりに机に両手を叩きつけながら立ち上がった。。
「ちょっと葵っ、なに龍巳に色気出してるのよ!」
「ん? 別にそんなことしては……」
「してたじゃない! 龍巳の前で、あんな媚びるような顔して!」
「弟というものにあこがれていたんだ。姉さんと呼ばれたら、気持ちが高揚してしまっても仕方がない。朱里は普段からあれを経験しているんだろう? 羨ましい限りだ」
「私は正真正銘、実の姉ですから」
「たまには変わってくれ」
「嫌よ!」
机を挟み、今度は姉さんと葵さんが言い合いを始めた。
「……口を挟まない方がいいな、これは」
古来より、女同士の喧嘩へ仲裁に入った男は、決まって痛い目に合うという。巻き込まれないようにと息を潜め、腕を組み瞑目する俺。
そんな我関せずの俺の袖を、くいくいと何かが引っ張る。目を開き見てみれば、それは葛城先輩だった。
「何か?」
まさか、こいつもおかしなことを言いだすんじゃないだろうな。訝しむ俺に向かって。
「ぷっ、どんまい」
先輩は親指を立て、非常に憎たらしい笑顔でそう言った。
* * * * *
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