第17話


「どうだった春花ちゃん。逢沢くんと、少しは話せた?」


 たっくんと少しだけ話せた、その日のお昼休み。夏海ちゃんが心配そうに尋ねてきた。


「うん。まだ、ちょっとぎこちないけど。いつもよりかは、話せたと思う」


「そっか、よかった。大牙くんの話聞いた後、2人とも様子がおかしかったから心配したよ」


「……うん」

 

 私は、また表情を曇らせる。


 大牙くんの話を聞いていたら、嫌でもあの時のことを思い出して、涙が出そうになってこらえるのに必死だった。もしかしたら、たっくんも気づいていたかもしれない。


 そしてその後、大牙くんが言った言葉が、今も胸に残っている。


(お互い大切に想ってないと、幼馴染なんて言えるほど一緒にはいられない、か……)

 

 昔は、私たちはお互いを大切に想いあっていた。今は、どうだろう。


 私は今でもたっくんのことが大切だ。それは昔からずっと変わらない。


 けれど、彼は?


 きっと、彼にはもうそんな感情はない。私が彼を傷つけてしまったから。だから彼は、私から離れて行ってしまった。


 出来る事なら、またあの頃のような関係に戻りたい。けれど……。


「……春花ちゃん、大丈夫? また何か、考え事してる?」


「え? あ、うん。大丈夫。ちょっと、大牙くんの話を、思い出してて……」


 考え込んでいる間に、表情が暗くなってしまったのだろう。また夏海ちゃんに心配をかけてしまった。


「大牙くんの話って、幼馴染のことだよね。春花ちゃん、やっぱり逢沢くんとなんかあったんでしょ?」


「…………」


「あのさ、お節介かもしれないけど、話せる事だけでいいから話してくれないかな?  私、春花ちゃんの力になりたい」


 膝の上に置かれた私の手に、夏海ちゃんがそっと手を添える。わだかまった心が、解されていくような気がした。


「……ありがとう。私も言おうかどうか、迷ってて……でも、夏海ちゃんには聞いてほしい」


 出会ってからまだ数日しか経ってないけど、夏海ちゃんには何度もたっくんとのことで心配させてしまっている。いい加減、話した方がいいだろう。


 私は夏海ちゃんに、私が彼にしてしまったことを話した。


 夏海ちゃんは最後まで黙って聞いてくれたけど、私が話し終えた途端に肩を震わせて、大きな音を響かせ机を叩くと、怒った様子で声を荒げる。何事かと、談笑していたクラスメイトたちがこちらに視線を向けた。


「だぁ~もうっ。何、その垣谷って奴、最ッ低! 春花ちゃんに振られたからって、一緒にいる逢沢くんをいじめたって事でしょ? 男の風上にも置けない奴っ! やり方が汚いのよっ!」


「あ、あの、夏海ちゃん……」


「大丈夫っ、私は春花ちゃんの味方だから! その状況じゃ、そうなっちゃってもしょうがないよ。むしろ、好きなくせに春花ちゃんを巻き込んだ垣谷が最悪だよ!」


 夏海ちゃんは垣谷くんのことを、これでもかと責め立てる。


「あの、夏海ちゃん落ち着いて。私も、垣谷くんがしたことは許せないけど、それでも私が傷つけたことに、変わりはないから……」


「でも、春花ちゃん……」


「だから、もういいの。今日みたいに、また話せただけで、それで充分だから……」


 それ以上は、望んではいけないだろう。あの頃のような関係に戻りたいなんて、彼を裏切ってしまった私に、そんな資格はない。


「……春花ちゃんは、それでいいの? 」


「……え?」


「春花ちゃんは、逢沢くんとこのままで本当にいいの? いいわけないよ。だって春花ちゃん、今すっごい辛そうな顔してるもん」


 夏海ちゃんの言う通り、彼とこのままで居続けると思うだけで、胸が張り裂けそうなくらい辛い気持ちになる。真剣な瞳で見据えられた私は、視線を下に落とした。


「春花ちゃんは、本当はどうしたいの?」


「……私、は……」


 どうしたいかなんて、決まっている。


「私は、あの時の事を謝って、もう一度たっくんと一緒に居たい。もう一度たっくんに、私のことを好きになって欲しい」


「……やっぱり、それが本心なんだね」

 

 こくりと頷く私を見て、夏海ちゃんは微笑む。私も、胸の内にしまい込んでいた気持ちを吐き出せてすっきりした気持ちだ。


 きっと、私は我儘なんだろう。


 彼を傷つけた負い目を感じていても、それでも彼と一緒にいたいと思ってしまう。


 でも、この想いはどうしたって止められない。だって、こんなにも彼の事が好きなんだから。


「私、たっくんにもう一度好きになってもらえるよう、頑張ってみる」


「うん。それじゃ私も、春花ちゃんの恋が実るよう、陰ながら協力するよ」


「……ありがとう」


 嬉しさで、声が震えてしまった。私の犯したことを聞いても、それでも夏海ちゃんは私の恋を応援してくれている。


 本当に、いい友達を持ったな。目の前で笑顔を見せる夏海ちゃんに、心から感謝する。


「……あ」 


 けれど夏海ちゃんは、何かに気づいたのか、急にバツの悪そうな表情になって、頬をぽりぽりと掻く。


「あの、春花ちゃん。本当に、ごめん」


「え? なんで謝るの?」


「いや、あのさ。興奮しすぎて気づかなかったけど、結構声大きかったというか……」


「……へ?」


「今って、昼休みじゃん。皆に今の会話、聞かれちゃった……」


「…………あ」


 てへっと舌を出す夏海ちゃん。


 思い出して辺りを見回す。昼休みだからか、何人かの生徒は教室に居なかったが、それでもほとんどのクラスメイトに今の告白まがいの台詞を聞かれた。皆にまにまとした優しいやら生暖かい視線を私に向けてくる。


「あ、そ、その……」


 私は、羞恥心で顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。


 幸いたっくんは教室に居なかったけど、最近彼と一緒にいる大牙くんや小鳥遊くんたち3人はそこにいて、聞いていたことを証明するように、周りと同じような表情でこちらを見ていた。


「うんうん。桜井の気持ち、しかと聞かせてもらった。事情はよく知らねぇが、俺もタツの友人として、2人の恋路を応援させてもらおうじゃねぇか」


「僕も友達のこんな面白そ……じゃなくて、大事なこと見過ごせないよ」


「桜井さん、私も幼馴染同士の恋愛って、素敵だと思う! 応援するよ!」


「あ、ありがとう、皆……」


 夏海ちゃんの時と同じく声が震える。3人の気持ちが本当に嬉しい。きっとこの3人も、いい人たちなん――。


「まずはどうするよ? 取り敢えず、昔テレビでやってたみたいに、全校生徒集めて屋上かなんかから告白すれば、あの朴念仁そうなタツの気持ちも少しは動くだろ」


「けどそれだと、リュウくん逃げちゃいそうだし、絶対聞こえるように校内放送とかの方がいいんじゃない?」


「それだ! 出来るだけ生徒全員に聞いてもらわねぇと」


「え? あ、あの。それは、ちょっと……」


 出し合う案があまりにも耳を疑うような内容だったから、動揺してしまう私の声に、3人とも不思議そうな表情を返してくる。


「どうかしたか?」


 大牙くんのその声には、自分たちがおかしなことを言っている自覚が全くない。


 ……本当にこの3人を頼っていいのか、とても不安になってきた。


「う、ううん。その……よろしく、ね?」


「おう、任せとけ」


「上手くいくといいね」


「が、頑張って」


「……あの、いきなり告白は、まだ早いというか……」


「「「え、なんで?」」」


「…………」


 本当に、大丈夫かな。


 もしかしたら私は、とんでもない人たちを頼ってしまったのかもしれない。


 けれど、たっくんに、もう一度好きになってもらうために頑張ると決めたんだ。悩んでいても始まらない。


(けど、まずはあの時のことを、ちゃんと謝らないと……)


 それが彼の隣に立つ為の、第1歩だろう。


* * * * *


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