第15話


「んで? さっき柊ちゃんと何話してたんだ?」


 テツは椅子の背もたれに腕を乗せてこちらに体を向け、先程の先生との会話について興味深々に尋ねてくる。


 さっきも思ったが、こいつ先生のことをちゃん付けで呼んでるんだな。バレたら殺されるぞ。


「別に、大した事じゃない。昨日の夜、たまたま事件があった場所で会ったから、何かなかったか聞かれただけだ」


「説教とかじゃないのか。つまらん」


「……それは、悪かったな」


 こいつ、俺が説教ばかりされていると思っているのか? 失礼な奴め。


 俺が不機嫌を露わあらわに睨んでいると、テツは悪びれた様子もなく、落ち着けと手をひらひらと振る。


「まぁそう睨むな。軽いジョークだジョーク。悪気はない」


「嘘をつくな。面白そうだと顔に出ているぞ」


「はははっ! ばれたか」


 何がそんなに面白いのやら。


 こいつと話していると、やたらと疲労が蓄積される。いくら何でもマイペース過ぎるだろう。付き合うこっちの身にもなって欲しかった。


 そんなふうに、しばらくテツとくだらないやり取りをしていると、ふと何かに気が付いたのか、テツが俺の後ろに視線を向け「んぉ?」と不思議そうに声を上げる。


 視線を追って俺も振り向くと、1組の男女が近づいてくるのがわかった。


 見覚えがある。たしか俺の後ろの席で、隣り合っている2人だ。

 

 男子の方は、癖のついた淡い空色の髪に、眠たげな瞳の少年。女子の方は、焦がしたような暗い赤茶色の長い髪を後ろで束ねた、少し控えめな少女だ。


「2人とも楽しそうに話してるねぇ。僕たちも混ぜてよ」


 少年はその眠たげな瞳をこちらに向けて、のんびりとした声で俺たち2人に話しかける。


 聞いているだけで眠くなりそうな声だった。本当にきちんと起きているのか、疑いたくなるほどに。

 

 そんなのんびりとした少年の後ろから、一緒にいた少女が出てきて、不安そうに少年の袖を握り、こわごわとした声をかける。


「……ね、ねぇ、トワくん。この2人、怖くない? 大丈夫?」


「大丈夫だよ、雀ちゃん。この2人、きっと面白いから」


「……おい」


 いきなり、大丈夫? 面白いだと? 随分な物言いだな、こいつら。


 ひと言文句でも言ってやろうかと考えていると、そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。俺を見ていた少女が「ひっ!」と怯えて、少年の背中に隠れてしまった。


「おいおいタツ、女の子怯えさせるとか、男のやることじゃねぇなぁ」


「雀ちゃん大丈夫? 怖かったねぇ」


「うえぇんっ、トワくん、怖かったよ~」


「…………」


 なんなんだ、こいつら。


 目の前で繰り広げられる茶番劇を、俺は冷めた目で眺めていた。


 雀と呼ばれた少女の方は本気で怯えているようだが、あとの2人は目が笑っている。完全に面白がっているな。


 その呆れた視線に気づいたのか、トワと呼ばれた少年がこちらに向き直り、悪気はないと示すように笑顔を浮かべた。


「ははは、ごめんねぇ。今のは軽い挨拶だと思って気にしないで」


「随分と愉快な挨拶だな。お前たちの方がよっぽど面白いと思うぞ」


「まぁまぁ、そう邪険にするな。いいじゃねぇか、そう悪い奴らじゃなさそうだ」


 なにを他人事のように言っている。お前も混ざっていただろうが。そう思うが、こいつに言っても無駄だということは、この短い時間でなんとなくわかった。

 

「まぁたしかに、そう悪い雰囲気は、微塵も感じないが……」


 変わり者ではあるだろう。


 これ以上おかしな人間と関わるのは、俺の身がもたない。申し訳ないが、ここは適当にあしらってお引き取り願……。


「俺の名前は大牙虎徹だ。気軽にテツって呼んでくれ」


「じゃあテツくんで。僕は小鳥遊永遠たかなしとわ。僕のこともトワって呼んでいいよ」


「おう! よろしくな、トワ」


「おいっ」


「お?」「ん?」「ひゃうっ!」


 こいつら、俺がどうしようか考えている間に、何を友好的な空気を作っているんだ。思わず叫んでしまった。3人が俺の声に視線を向ける。


「どうした、タツ? いきなり叫ぶなんて。お前らしくもない」


「……もういい。諦めた」

 

 こうなったら、もう腹を括ろう。テツが気に入った時点でいずれはこうなっていただろう。諦めた俺も渋々、自分の名前を口にする。


「逢沢龍巳だ。よろしく」


「うん、よろしく。えと、じゃあ龍巳だから、リュウくんで」


「……一文字も合ってないんだが? 」


「だってもうテツくんがタツって呼んでるじゃん。だからリュウくん」

 

 理由になっていない。別にタツでもいいだろう。


 ……けれど、『たっくん』と呼ばれるよりかは、まだマシか。


 そう呼ばれると、どうしても桜井を連想してしまう。それに比べれば、呼び方なんぞなんでもいい。


「わかった。じゃあ、お前のことはなんて呼べばいい?」


「トワでいいよ」


 じゃあ俺もタツでいいじゃないか。今までのやり取りはなんだったんだ。


 こいつもこいつで、大分マイペースな奴だな。


 何故俺の周りには、こうも変わった奴しか集まらないんだ。額に手を当てため息を吐く俺をよそに、トワは「あ、それから……」と、一緒にいた少女に視線を送る。


「この子はすずめちゃん。ほら、雀ちゃん、挨拶しよ」

 

 雀と呼ばれた少女は、いまだに俺を警戒しているのか、おずおずと前に出て小さめの声で名乗り始める。


「あの……た、小鳥遊……雀、です。よ、よろしくっ」


 名乗った途端に、またトワの背中に隠れてしまった。そこまで怯えるか。


(ん? 小鳥遊って……)


 つい先ほど聞いた名前だった。


 俺はトワを見る。考えていることがわかったのだろう。トワは、努めて明るく笑った。


「ははは、やっぱり気になるよねぇ。僕、捨て子でね。生まれてすぐの時に、雀ちゃんの両親が運営している児童養護施設に預けられて、それからずっとそこで育ったんだ」


「……そういうことか」


 そんな笑いながら話すことでもあるまいに。


 だが、こいつも俺たちに気を遣わせないようにしているのだろう。


 なら俺たちも、変に気を遣うのは止そう。こういうのは普通に接するのが1番だ。


「何も聞かないんだね」


「まぁ、話したくなったら話せばいい」


「うん、ありがとう」


 どういう境遇で育ったとしても、トワはトワだろう。テツも同じことを思ったのか、トワのことについては、特に気にするふうもなく会話を続けた。


「生まれてすぐからって事は……2人は幼馴染ってやつか!」


「…………」


 まぁ、そういう流れになるだろうな。


 。その単語に思うところがある俺は、少し渋い顔をする。


 その幼馴染だった桜井に視線を向ける。彼女も少し離れた場所で友人と話していたが、俺たちの会話が聞こえたのか、向こうもちらりとこちらを見ていた。視線が合う。


 だが、お互いすぐに逸らした。


「タツ、何やってんだ?」


「……いや、何でもない」


「そうか? ならいいけどよ……まぁ、それよりもだ。2人は幼馴染。そんで、1つ屋根の下ってことだろ? かぁ~いいねぇ。燃える展開シチュエーションじゃねぇか」


「う~ん……幼馴染っていうよりかは、兄妹みたいな感じかなぁ」


 そう言うトワを、微妙な顔で雀が見る。


 テツもトワと雀を見比べ「あぁ、そういう関係ね……」と、こちらも微妙な顔をしていた。


 どういう関係だ? 2人が何故そんな顔になったのかわからない俺とトワは、不思議そうに顔を見合わせた。


「ま、まぁ、なんだ……とにかく。せっかくだ。ここにいる4人で、友情の誓いとやらを立てようじゃないか!」


 微妙になった空気を壊すように、努めて勇ましく、テツが突拍子もないことを口にした。


 トワはそれに「わぁ~」と拍手をし、雀は「えっ、私も?」と困惑。おろおろと俺たち3人を見回す。


「なんだ、誓いって……」


 恐らく、考えなしに口にしたのだろう。やってしまったと口元を引くつかせるテツを、呆れた半眼で見ていた俺だが、何だか可哀想になってきて、仕方なく付き合ってやることにする。


「うし、じゃあ全員手ぇ出せ」

  

 テツは手を前に出し、トワもそれに続く。雀も戸惑いながらも手を出した。


「ほれ、タツも早く出せよ」


「……まったく」


「あ、リュウくん今少し笑った」


「笑ってない」


「あの……本当に、私もいいの?」


「いいっていいって。んじゃいくぞ。我ら生まれた日は違えども……え~、なんだ?」


「わからないなら言うな」


「まぁ、なんでもいいか。ここに、俺たち4人の友情を誓うっ」


 テツが宣言と同時に手を振り上げ、上に重ねていた3人も釣られて上げる。


 周りからの生易しい視線が痛いほど突き刺さってくるが、もうどうにでもなれと、俺はやけくそだった。


 そして、後に桐生ヶ丘学園の教師たち(主に柊先生)の頭を悩ませる4人がここに集結してしまったことを、この時はまだ、誰も予想しなかったのである。


* * * * *


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