第14話


 自分の席に戻った俺は、先程の先生との会話を思い出す。意外だった。


 まさか先生が、俺を心配してくれていたなんて。昨日今日と怒鳴られてばかりだったので、てっきり俺は先生に目の敵にされていると思っていた。


 しかし、たしかに顔を合わせてまだ2日目。最初の印象で人となりを決めるのはよくないな。


 これから1年間、お世話になるのだ。おかしな偏見は持たないようにしよう。


 腕を組み、うんうんと頷いて改心していると。


「よぉ、問題児。まぁた柊ちゃんに呼び出しか?」


 前の席の生徒から、声をかけられた。短めの黒髪に、黄金色のメッシュが入った派手な見た目の少年だ。


「……問題児?」


 はて? 誰のことだ。


「お前だよ、お前。入学早々呼び出しくらうなんて、問題児以外の何ものでもねぇよ」


「いきなり話しかけてきて、随分な言いぐさだな。礼儀も知らないのか?」


「お前だけには言われたくねぇな。昨日のあれ、なかなか面白かったぜ」


 そいつは思い出したようにクックッと笑う。

 

 昨日のというと、HRで先生に怒鳴ったあれか。確かにあれだけを見れば、そう言われても否定することが出来ない。


「昨日のあれは……そうだな、確かに俺も礼儀がなっていなかった。反省する」


「ほぅ、案外素直だな」


 心底意外だと、そいつはきょとんとした顔になる。


「自分に非があることを認めただけだ。それから、俺は逢沢龍巳だ。お前じゃない」


「おっとすまねぇ。たしかに、いきなりお前呼ばわりするのは、礼儀がなっちゃいねぇな。反省する」


 見た目や口調とは裏腹に、結構律儀だった。そう言ってそいつは折り目正しく頭を下げる。

 

「それから、名乗ってもらって自分が名乗らないのも礼儀に欠けるな。俺は大牙虎徹たいがこてつだ。ダチは皆テツって呼ぶ。よろしくな」


 頭を上げ、にやりと怪しく笑い、名乗った大牙は手を差し出す。笑みの理由はわからないが、とりあえずと俺もその手を取って握手を交わした。


「よろしく、大牙」


「ほぅ……」


 名前を呼べば、大牙は何か感心したような声を上げ、俺をジッと見ている。


 なんだ、気色悪い。


「……ぷっ、あっははは!」


 しばらく見てきたかと思うと、大牙は突然吹き出し、腹を抱えて大声で笑い始めた。


「やっぱお前、じゃなかった。逢沢面白れぇわ! たしかに、いきなりダチ面してきたら、やっぱ礼儀知らずじゃねぇかってぶっ飛ばしてやろうかと思っていたところだよ。よかったな!」


 そんな危ないこと考えていたのかこいつは。さっき笑っていたのは、そのことを企んでいたからみたいだな。ただの危険人物じゃないか。


「いやぁ笑った笑った……いいぜ、気に入ったよ逢沢、いいやタツよ。タツには特別に、俺をテツと呼ぶことを許可する!」


 タツってなんだ。俺のあだ名か?

 

 大牙の中で、俺はすでに友人認定されているらしい。悪い奴ではなさそうだが、正直鬱陶しそうだ。丁重にお断りさせてもらおう。


「いや、別に大牙でい……」


「いいから呼べよ、遠慮すんな!」


 俺が言い終える前に、大牙は肩をがしりと組んでくる。絶対体育会系だろ、こいつ。


「別に遠慮とかじゃない。いきなり人を殴ってくるような危険極まりない奴とは関わりたくないだけだ」


「ダチにはんなことしねぇから安心しな」


 そういう意味でもなければ安心も出来ない。そんな俺の心情など知ったことかとばかりに、大牙は肩に組んだ腕に力を込めてくる。まるで呼ぶまで放さないと言わんばかりだ。そして結構強い。


 これは、逃げられないな。諦めた俺は、この先何度も呼ぶことになるその名前を口にする。


「……はぁ、わかったよ。テツ」


 ため息を吐きながらも名前を呼ぶと、テツはニカッと犬歯を見せて笑った。


* * * * *


ここまでご覧いただきありがとうございます。


よろしければ作品のフォローやレビュー評価をよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る