第13話


 入学2日目の朝。あと数分でHRが始まるという時刻。ほとんどの生徒たちが登校していて、教室内は話し声や笑い声であふれかえっていた。


 そんな喧噪の中。私は昨夜のことを思い出し、1人落ち込み肩を落としていた。


 たっくんから拒絶されることはわかっていたけど、どうしても心配で。一緒に帰ろうと言ってはみたものの、やっぱり駄目だった。


 けれど、たとえ会話が無くても、少しでも彼の傍にいたい。我儘だという自覚はあるし、無理だということも理解している。それでも、それが本心なのだ。


 彼の隣にいる資格はないとわかっていても、それでも一緒にいたい。矛盾しているけど、多分これが恋心というものなんだろう。

 

 そう考えると、やっぱり私は彼が好きなんだなと思う。


 ……なんだか、考えてたら恥ずかしくなってきた。改めて自分の気持ちを認めると、顔が赤く火照ってしまう。


 そんなふうに、私が落ち込んだり顔を赤くしたり表情をコロコロ変えていると、それがおかしかったのか、前の席にいるクラスメイトの女の子がニヤニヤした顔で話しかけてきた。


「春花ちゃん、どうかした?」


「……え! いや、別に」


「逢沢くんのこと、考えてたでしょ」


「なっ!?」


 バレていた。

 

「あははは! 春花ちゃんって、ほんとわかりやすいよねぇ」


 そんなに顔に出てるかな? 昨日といい今日といい、ここまで考えていることを当てられると、少し不安になってくる。


 この親し気に笑いかけてくる女の子は、日向夏海ひゅうがなつみちゃん。昨日、私を気にかけてくれていたクラスメイトの子で、あの後も色々と気を遣ってくれたのか話しかけてくれた。


「な、夏海ちゃん、意地悪だよ……」


 星宮先生が彼女の家まで送った際、去り際に「私、桜井さんの友達になってもいい?」と言ってくれたので「私でよければ」そう言って、こうして名前で呼び合う仲になっている。


「けど、昨日はごめんね。変なお節介しちゃって」


「ううん、いいよ。大丈夫だから」


「そっか……うん。それなら、よかった」


 本当は、大丈夫ではない。けれど、それをあえて言う必要はないだろう。


 夏海ちゃんは私の気持ちを察してくれたのか、申し訳なさそうにしながらも笑って頷いてくれた。


 その後、たわいもない会話を続けていると、始業を告げるチャイムが鳴り響く。


 昨日と同じように、チャイムと同時にたっくんが教室に入ってきたけど、その様子は少し眠そうだ。あの後、きちんと家に帰ったのだろうか。昨夜は、日をまたいだ後も彼の部屋は電気が点いてなかった。


 てっきり、私が帰る前にもう寝てしまっているのかと思ったのだけれど、今朝の様子を見る限り、すぐに寝たというわけではなさそうだ。


(あの後、まだあの辺りにいたのかな)


 私たちが帰った後も、まだ繁華街にいたのだろうか。そう考えると少し心配である。私たちは星宮先生と柊先生に送ってもらえたから大丈夫だったけれど。


「……あれ、そういえば先生は?」

 

 そこで私は違和感に気づいた。


 昨日はチャイムのすぐ後に教室に入ってきた柊先生が、今日はまだ来ていない。他の生徒たちも気がついたのだろう。皆不思議そうにしている。


 まさか、二日酔いで休んでいるわけではないだろうけど。

 

 教室が少しざわつき出した頃。ようやく先生が教室に入ってきた。しかしその表情は少々険しい。


「皆、おはよう。出席を取る前に、1つ連絡がある。昨晩なんだが……駅前の繁華街で暴力事件があったそうだ」

 

 ざわっと、先生の言葉に教室がにわかに騒がしくなる。


(昨晩に繁華街でって……私達が帰った後だよね?)


 周りを見ると、夏海ちゃんや一緒にいた子たちも困惑している。


 1人だけ。たっくんは変らず眠そうにぼぉっとしているけど。


「まぁ、大方チンピラ共の喧嘩だろうという話だ。いいかお前たち。くれぐれも、夜遅くに出歩く事の無いように。わかったな」


 わかりましたという皆の返事に、先生も「よし!」と満足げに頷く。


「じゃあ出席取るぞ。1番、逢沢――」


 そして、昨日と同じように出席を取るのだが。


「……あれ?」

 

 いつまで経っても返事がない。

 

 不思議に思ってそちらを見ると、何か考え事をしているのか、ぼぉっと頬杖をついて上の空だった。昨日とまったく同じ状況である。


 きっと、クラスの全員が同じ事を予想しただろう。この後の光景を。


 その予想通り、しびれを切らした先生が彼に向かって。


「逢沢ぁっ!!」


 昨日と同じように叫ぶのだった。


* * * * *


「またやってしまったな」

 

 俺は先生に怒鳴られたことを思い出す。昨日もそうだが、どうにも考え事に没頭すると、周りに意識が向かなくなってしまうな。悪い癖だ。

 

 先程も、先生が話した暴力事件について考えを寄せていた。


 あの後。詰め寄ってくる3人組に、駄目もとで丁重にお帰りいただくようお願いしたのだが、向こうが話も聞かずに殴りかかってくるものだから、こちらも少々手荒になってしまった。多分大丈夫だろうと高を括っていたが、ここまで大事になるとは。


「……まぁ、何とかなるだろ」


 一応、殴りかかってきたのはあいつらからだし、向こうは3人こちらは1人。正当防衛だろう。


 それにいざとなれば、凜道さんに頼んでどうにかしてもらって……。


「…………」



 いつもいつも、申し訳ないです。困り顔で微笑む温厚なその人を思い浮かべ、心の中で深々と頭を下げる。

 

 多分、切りたくもない交渉カードを切って俺たちのことを守ってくれているのだと思うと、本当に頭が上がらない。今度会った時は必ずお礼を言おう。


 そんな決心を密かに固めていると、柊先生から声をかけられた。


「おい逢沢、ちょっといいか」


「ん? ……いい、ですけど」


 俺は先生に続いて廊下に出る。何だ? 不審に思って、声が少し硬くなる。


 先生は昨日と違って、かなり真剣な表情で俺を見て、言葉を選んで探るように言う。


「昨日の、夜な……恥ずかしながら、酔っていて記憶が曖昧なんだが、お前もあの場にいたな?」


「……はい」


 何だ、俺が事件を起こしたと疑っているのか? 


 半分は事実であるが、いきなり疑われるとは心外だった。


「星宮先生に聞いた。お前、昨日1人で帰ったそうだな」


「そう、ですけど」

 

 俺は少々身構える。もしもの時は逃げるか。


 先生は何を言おうか迷った後。1度咳払いをすると、おもむろに口を開いた。


「いや、何だ、その……大丈夫だったか?」


「…………は?」


「いやだから、事件に巻き込まれたとか、そういうのは無かったか?」


「……あぁ、そういう」


 疑っていたわけではなかった。むしろ俺を心配していたのか。

 

 生徒に殺気を向けてくるような人だったから、まさか心配してくれるとは思ってもいなかった。逆に先生を疑ってしまった自分が恥ずかしい。


 先生の言葉に納得した俺は警戒を解くと、出来るだけ悟られないよう努めて返事をする。心配してくれるのは嬉しいが、巻き込まれるも何も俺は当事者だ。


「はい、大丈夫ですよ。でもまさか、心配してくれるとは思いませんでした」


「お前だって私の生徒だ。心配くらいする」


「……ですよね、ありがとうございます」


 胸が痛い。

 

 純粋に俺の事を心配してくれている先生を見ていると、申し訳なく思ってしまう。


「お前が素直だと、調子狂うな……」


「先生は普段からそのくらい素直な方がいいですよ」


「減らず口を。まぁ、大丈夫ならそれでいい。お前もあんな時間に外を出歩くなよ」


「先生も、あんなになるまで飲みすぎないように自制してください」


「んなっ!⁉ 誰のせいだと思ってるんだっ、誰のっ!!」


 飲みすぎたのは先生のせいだろう。八つ当たりにも程がある。

 

 さっきまでの素直さはどこに行ったのやら。俺は先生を軽くあしらうと、自分の席へと戻っていった。


* * * * *


ここまでご覧いただきありがとうございます。


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