テンガロンハットの男を追って
12
キトラとスラーニは列車に乗っていた。
空船の方角を漠然と進んでいくほか今はなかったからだ。
「今からドットクロスに行くんですよね」
「ああ、ギルドのハンターがアグニスらしきやつを見ててな。ドットクロスには空船の停泊場がある。動力石のチャージする予定なんだろ」
空船を動かすためには動力石と言われるものに魔力をチャージする必要がある。人間の魔力や魔法石の魔力でもチャージはできるが、停泊場の設備を使えばより早くチャージすることができるため、よほど急いでいなければ泊まることが予想される。
「でも、あの夜からドットクロスに直行したならすでに出て行ってるかもしれませんよ」
「ドットクロスは時間に厳しい町だ。あの時間から向かったとして到着するのは二十時を過ぎる。そこから書類のチェックやら貨物のチェックやらをしていたらあっというまに二十一時だ。酒場以外は二十一時以降何があっても仕事はしない」
「酒場以外って、町警備は何をしてるんですか」
「家帰ってるから酒場だろ」
「そんなばかな……。その間なにか起きたらどうするんですか」
「二十一時以降に警備がいないとわかっていながらうろつくやつが悪い。そういうスタンスだ。警備がいるからっていつだって守られるわけじゃない。自分の身を守ろうとしないやつを警備員だって守りたくないだろ」
「そういうものですか」
スラーニは平和な町で育った。ごくまれに喧嘩を目撃することはあったが、それほど大きくない町でもあったため、数日もすれば喧嘩してた人同士はいつも通り雑談をしているのは珍しくない。
町の一体感というのはとても強く。お互いに調味料を譲り合ったり食べ物を分けたり、助け合っている町が大好きだった。だが、それと同時に自分はすごく守られていたことにも気づいた。
キトラに出会う前もいくつかの町に足を運んだが、警備の人が走って現場に向かう姿をどの町でも一度は目撃している。自分の住んでいた世界の外は、想像しているよりも危なくて、事件が起こることをなんら不思議がらない町の人たちに違和感を覚えるほどだ。
「なんで平和に生きることができないんでしょうか」
「平和は刺激がないからな」
「刺激が必要なんですか?」
「それが生きる目的になる。それぞれの理由はあるが、ただ飯を食べて畑を耕して、寝て起きて、また日常を繰り返す。人ってのは変化がないことに耐えられないんだ。その結果、不器用なやつは犯罪を犯す」
「その結果町が燃やされたなんて。そんなのひどすぎます」
「悪がいるから飯を食えてるやつがいる。それは正義のため平和のためかもしれないが、結果的に悪がいるから文明は進化してきたんだ。まぁ、何を悪とするかという問題もあるけどな」
魔法は人類の進歩に大きな影響を与えた。国を守るため、民を守るため、生活を豊かにするため、その用途は様々だが、同時にそれを悪用する者もあらわれる。自らの思想を叶えるために利用する者もいる。
この連鎖は人間がいる限り止まることはなく、パワーバランスを変化させることしかできない。
「いろいろと思うところはあるだろうが、どこかで割り切るのも必要だぞ」
すると、キトラは大きなあくびをした。
「ちょっと寝るわ。ドットクロスに近づいたら起こしてくれ」
ドットクロスに到着するまでまだ一時間はある。特にやることもない。
キトラは物の数分で眠りについた。
「ま、あまり気にしないでよ」
気づけばラビトラがスラーニの隣に座っていた。また勝手に杖から出てきたのだ。
「ラビトラさんはキトラさんと一緒に旅をしてきたんですよね」
「うん。いろんなとこいったよ。迷宮の森とか龍山とか魔界とぁ」
「魔界……?」
「魔物って知らないかな。人型の魔力生命体。その土地にしか存在してない硬い鉱石を鎧にして魔力を包んでるんだよ。あの時はほんと死ぬかと思ったよ……。ディブロンってやつがいてさ」
ラビトラが話す旅の内容はスラーニが想像さえできない厳しく、辛く、一歩間違えば死んでいたかもしれないようなものも多い。
「どうしてわざわざそんな危険なことを?」
「マスターは探求心って言ってたかな。ほら、この杖って変でしょ。私もこんな姿してるけど本当はどこにでもいるような普通のウサギの姿だったんだよ。なのに、今はスラーニちゃんよりも背が高くて一緒にお話ができる。これはキトラの杖だけなんだよ」
「もし、この杖をほかの人が使ったら同じことが起きますか?」
「無理だね。この杖はマスターが持っている時だけ反応する。軽くもなれば重くもなる。引き寄せることも投げることもできる。形を自由自在に変化させることもね。私たちを呼び出すのも場所を把握するのも、魔力でメッセージを伝えるのも、この杖の機能は全てマスターが持っていなきゃできないんだよ」
話を聞けば聞くほど、キトラの杖はほかの召喚師が使う杖よりも異質なことがわかる。召喚師の杖は、魔力の制御で使われる中級以下の一般的な魔法使いの杖とは構造が違い、魂の内包と魔力化を可能としている。
逆に魔力の制御という機能はない。これは自分の実力よりも強い召喚獣を制御する際に、力の制限をしていてはコントロールが出来なくなる危険性があるからだ。そのため、召喚師は召喚術以外は基本的に操術を学び、コントロールに重きを置く。
そういう意味では、近接戦闘を行える杖の変化機能はキトラの性格を反映したとも言える。エイザックはいつから、どういう理由で、なぜ自身の息子へと杖を託したのか。キトラはその意味を知りたかったのだ。
「キトラさんってどこか達観してますよね。正義とも悪とも言えないけど、中立化と言われれば完全にそうじゃなくて」
「意志が強いタイプだよ。気になったことやおかしいと思ったことにはとことん突き進む。結果が出るまであきらめない。そういう意味で結構は情熱的かもね。こんな見た目からは想像できないけど」
「――聞こえてるぞ」
寝ていたはずのキトラは目をこすりながら言った。
「あら、マスター寝てたんじゃないの?」
「目の前でべらべらと話ししてたら寝れないだろ。あと三十分くらいか? もうちょい寝たかったのに」
「起きてないと財布盗まれたりするかもよ、以前だって……」
その時、突如列車は急ブレーキをかけた。ラビトラは背もたれを掴み体を飛ばないように維持していたが、不意な急ブレーキに対応できなかったスラーニは、勢いでキトラに抱き着く形となってしまった。
「いってて……」
「おい、大丈夫か」
「す、すみません……」
スラーニが顔を上げると、目の前にキトラの顔があった。お互いの息さえ触れるような距離に、スラーニは慌てて自分の席へと戻った。
「面倒なことが起きなきゃいいが」
しかし、キトラの言葉とは真逆の出来事が起こってしまう。
外から男の汚いがなり声が聞こえた。
「いまから列車の貨物をいただく! 抵抗するやつらは容赦なく殺すからな!」
窓を開けて三人は外を覗くと、車両の前方に馬に乗った男たちが道を塞いでいた。
「ありゃ……。こりゃあ面倒なことが起きたね」
「どうしましょう……」
「はぁ……。貨物が目的なら客にはなにもしてこないだろ。おとなしくしとけ」
賊がやってきたことにより、列車はしばらく足止めをくらうことになってしまった。
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