9

 キトラ達は一旦退くことにした。ゴーレムに対する有効打がないためだ。

 足の速さならゴーレムに負けることは絶対にない。しかし、ゴーレムは木を根元から引き抜きキトラ達に向けて投げつけた。行く手を阻まれ左右の木々も衝撃で倒れ、ゴーレムと真っ向から対峙しなければ逃げることも叶わない。


「ちょいと面倒なことになったな」

「――私のゴーレムの前ではあなたも無力ね」


 ゴーレムの向こうから女性の声が聞こえる。

 そこにはさっきまでの奴らと同様にフードを被り黒いローブを姿を隠している人影があった。手には小型の杖をもっている。


「お前がこいつのマスターか。ゴーレムを召喚獣にするとはそれなりに出来るやつなわけだな」

「あなたのことは知っているわ。あのエイザックの息子で学院を卒業しすぐに召喚師として旅に出た。で、いまさら何をしに国へ戻って来たのかしら」

「それを知ってどうする」

「私はいまはハンターキラーとして小銭稼ぎをしてるけど、ドローベルの使いなのよ。その意味、わかるかしら」

「お前……機関の手駒か」


 研究機関ドローベル。名前の由来はかつていた天才魔法研究者ドローベル・ウィッチから取ったものだ。ドローベルは生前のキトラの父親が所属していた研究機関であり、キトラが卒業した学院の創設にも関わっている。


 魔法使いを増やすことでその経験を集め、研究を進めて新たな技術改革を起こそうとしている機関。しかし、研究競争で同じ機関の研究者を殺すを平気でやってのける闇の部分も存在している。


「あなたのお父さんはドローベルにとって優秀な人材だったわ。一人で研究をするまではね」


 エイザックはキトラを利用し研究をしていた。それは数年ではなくキトラの成長がカギとなる重要な研究だった。しかし、研究成果を独り占めにしようとしていると機関は判断し、資金援助をどんどん少なくして、邪魔をしていたのだ。


「一年前まではあなたもドローベルに報告を上げていたのに、どうして最近は何も報告を上げてないのかしら?」

「四年間は学院で世話になった分だ。それで充分だろ。学院を卒業したからと言って生涯報告をし続けるなんてそこまでことはしてもらっちゃいない」

「召喚師になれなければお父さんの形見さえも使えなかったのに随分なものいいね。形見でいろんなことを見てきて、生き残ってこれたのは機関のおかげでしょ? 支援だって受け取っていたはず」

「だから言っただろ。生涯をかけてまで恩返しするような価値はない。いつまでも卒業した人間から搾取するつもりでいるほうが虫のいい話だろ」

「ふ~ん。まぁいいわ。どうでもね。とりあえず私に足止めされてよ。アグニスは国を離れるんだから」

「なら、あんたを倒して行き先を教えてもらおう。そうすればあとからでも追いかけられる。でも、さっさと終わらせて今日終わらせてやる」

「不用心に立ってるのに威勢だけはいいのね。やりなさい、ゴーレム!」


 ゴーレムは木を抜いてキトラへと投げつけた。ラビトラとロウはすでに当たらない場所へと移動しており、このままではキトラに直撃する。しかし、ラビトラもロウも、それにキトラ自身もまったく慌ててはいなかった。


「久しぶりに骨のある相手がいて助かったよ。一年もまともに戦ってないんだ。戦いの勘を戻さないと。じゃないとアグニスを殴れねぇからな!」


 投げ飛ばされた木はキトラの目の前で破壊された。


「あいつ、一体何をしたの!」

「俺じゃない。だが、ここからは俺が行く」


 木を破壊したのはリラコだった。すでに銃弾の傷は癒えており、弾も取り除かれていた。


「ったく、あいつも意外とやってくれるな。スラーニ」


 キトラがアグニスと話している間にスラーニはリラコの下へと向かい治療をしていた。剣から杖へと変えた時、すでにロウには指示を出していたがスラーニに伝言は伝えていない。スラーニは自分の意志でリラコの下へと行き、完璧に治療をやってのけたのだ。


 そして、リラコは間に合った。

 ゴーレムと殴り合えるパワーを持つのはこの状況でリラコしかいない。


「確か、ゴリラの召喚獣ね。でも、ゴーレムと対等に殴り合えたとしても、その力はいつまで持つかしら」

「その通りだ。召喚獣を思い通りに動かすには術者の魔力が必須になる。だが、俺の召喚獣は生物に芽生えた悪の魂を食らうができる」

「で、だからどうだっていうの?」

「まぁ、聞けよ。いまのこいつらは力が完全じゃない。俺の魔力量は多いが全員分をまかなっていたら魔力は続いても俺が動けなくなる。それじゃあ意味がない。あいつを殴れない。だから、すぐに終わらすために、俺とリラコの力を合わせるんだ」


 リラコはキトラの正面で向かい合い言った。


「いいんだね」

「ああ、やってくれ。でも、あまり力強くし過ぎるなよ」

「うん。優しくする」


 リラコはまるで子どもを持ち上げるように、キトラの脇を掴み持ち上げた。

 嫌な予感がした女性はゴーレムに二人を潰すように指示を出す。


「もう遅いさ」



 リラコがキトラを抱きしめると、二人は光に包まれた。

 

「光ったからって何になるのさ! そのまま潰しちゃいなさい!」


 迫るゴーレムの無慈悲な拳は、光の中へと入った途端に完全に止まった。

 ゴーレムが力を緩めたわけではない。むしろ、止められたから力をさらに上げている。だが、微動だにしなかった。


「――サモンポゼッション、召喚獣を俺の体に憑依させた」

 

 光が拡散し、姿を現したキトラの体には黒く硬質の皮膚、いや、鎧のようなものを身に纏っていた。肌は褐色に、髪は伸び荒れ狂う波のように跳ねている。


「こっからは俺のターンだ」


 左手でゴーレムの拳を抑え、右の拳をゴーレムへとぶつける。

 凄まじい衝撃が周囲に広がり木々の枝が折れそうなほどしなる。

 ゴーレムは拳を突かれただけというのに体勢を崩し後ろへと倒れた。


「な……なんてパワーなの……。噂には聞いていた。エイザック博士はこれをすでに現実にしていたというの……」

「なに驚いてんだ。まだ終わっちゃいない」


 立ち上がろうとしたゴーレムへと近づき、跳躍し顎を砕く。

 後頭部を打ち付け轟音を立てながら倒れるゴーレム。砂煙が舞い上がり辺り一面に広がる。


「あいつはどこに!」

「上だ!!」


 闇夜の星空を背にし、天高く跳躍するキトラの姿があった。

 そのまま急降下しゴーレムの胸を殴りつける。


「レムもいないとことだし、全力で壊してやるッ!!!」


 拳の連打はゴーレムの硬質な体をどんどん砕いていく。

 本当にさっきまでのキトラなのか疑いたくなる迫力と気迫。攻撃的な一面が露わとなっている。


 キトラの持つ魔力と召喚獣の持つエネルギーを融合させ、肉体と精神を共鳴させそれによって生まれたエネルギーで鎧を生成し肉体全体を大幅強化。リラコの持つパワー、キトラの持つ魔力コントロール、双方の知識と経験が合わさった姿。


「これが、サモンポゼッションだ」


 エネルギーを右の拳にため、それを全力でゴーレムに叩きつける。

 さっきよりも強い衝撃が森を駆け抜け、木々が吹き飛びそうなほどに森全体を揺らした。


 ゴーレムは完全に動きを止める。


「俺に挑むにはまだ早すぎるってんだよ」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る