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 キトラは召喚した召喚獣の位置を杖によって把握することができる。

 これは一般的な召喚師の杖にも同様の力があるが、キトラの杖は特殊でそれ以外の力も内包されている。それは、これから起きる戦いで明らかになることだろう。


 運搬ルートとは言えいまは開発中のため、道は険しく大きな石も多く転がっている。ノブが常連だけに任せるのもうなずける。これだけ足場が悪いとそんじょそこらのハンターでは戦闘さえもままならない。


 現にスラーニは歩いているだけで疲労の色が現れ始めた。

 まっすぐ進んでいるのに体感はまるで登山をやっているようにさえ感じる。まだ十二歳の少女には過酷だった。


「何も起きないな」

「荷物持ってないからじゃない?」

「あ、そういえばハンターキラーは荷物を奪うんだったな。わかっていたはずなのに用意するの忘れてた」

「マスターってそういうところあるよね。計画はしっかり立てるのにいつも一つ二つ重要なことが抜ける」

「オンボロ橋壊して全員を川に落とした奴の言うセリフじゃないな。あの時のレムの怒り方はまだ忘れてないぞ」

「いや、ほんとあの時はすんません……。レムがあんなに怒るなんて思ってなかったし……」


 キトラとラビトラの会話を聞いていたスラーニは、自分が助けられる前からいろんな旅をしていたことを知る。今いる三人以外にも、もっと多くの召喚獣がいたこともわかる。なぜ今は三人なのか、前はどんな旅をしていたのか、気になることばかりだったが、どんどん深く暗くなる森のせいで聞く余裕まではなかった。


 だんだんと置いてかれはじめたスラーニを見かねて、キトラは言った。


「リラコ、スラーニをおんぶしてやれ」

「えっ、大丈夫ですよ。私まだ歩けます!」

「五メートルも離れてるくせに無理すんな」


 スラーニのほうへとやってきたリラコは背を向けしゃがんだ。


「いいよ」

「でも、私を背負ったら歩くの大変ですよ」

「スラーニは重くないから。投げちゃったくらいだし」

「た、確かにあれだけ飛ばせるなら私くらいどうってことなさそうですね……。では、お言葉に甘えて」


 リラコがスラーニをおんぶした時、銃声が聞こえた。


「リラコ! そっちだ!」


 右方向からの銃声。立ち上がろうしていたタイミングですぐには動けなかった。リラコは体の正面を右方向へと向けた。


「リラコさん!」


 腹部には銃弾が直撃し、そこから血が垂れている。弾丸は貫通せず体の中にとどまっている。熱を帯びた鉛が体の中にあるのが嫌なほどに敏感に伝わる。


「ラビトラ! スラーニをロウの場所へ逃がせ! 位置はいま教える!」


 杖から放たれた光がラビトラに触れると、本来は召喚師にのみ共有されるほかの召喚獣の位置をラビトラにも共有した。ラビトラは地面を蹴り飛んで、スラーニを抱えるとすぐに森の奥へと消えた。


「ラビトラさん止めてください! リラコさんを治してあげないと!」

「マスターがなんとかするから君は黙って私に抱えられていて。リラコに弾丸でダメージを与えるなんて、相手も魔法が使えるんだ」


 リラコは強力なパワーを使えると同時に、肉体の強度も三人の召喚獣の中ではもっとも高い。ラビトラやロウはそんじょそこらの銃の弾ならはじきとばすことができるが、貫通性能に優れた銃になればダメージを受けてしまう。


 だが、リラコは銃に対してめっぽう強い。正面から攻撃を受けながらも、すべてを体で受けて相手を殲滅することができる。しかし、弾丸を魔法で強化されてしまえばリラコの体と言えど無傷ではいられない。それでもいつもなら痣が出来たり軽く血が出たりする程度なのだが、さっきの攻撃は弾丸が体内へ入るほどの威力があった。


 鈍足なリラコが負傷し動けなくなってしまえば、スラーニを守りながら戦うのは難しい。いち早くスラーニを逃がすことで、周りへの被害、スラーニを狙われる心配を気にせず戦いたかったのだ。


 ロウのところに到着しラビトラは事情を説明しようとしたが、ロウはすでに知っていた。


「キトラから杖でメッセージをきいた。すでにわかってる。でも、どうするつもり? やっぱり僕も行こうか」

「いや、相手がどこにいるかもわからない。それにスラーニちゃんを一人にするわけにもいかないし」

「ちょっとまって……。キトラからさっきまで位置情報が送られてきてたのに途絶えた」

「キトラが戦ってるんだ! 私、すぐ戻るからスラーニちゃんをお願い!」


 そういうとラビトラは走ってさっきの場所へとむかった。

 その背中をみながら、スラーニは自分が嫌になりそうだった。


「どうしたの?」

「私、意気揚々とついてきたのに、結局足手まといでなにもできない。もし、私がついてこなかったら、リラコさんは傷つかずに済んだのに」


 一年も修行をしたのだからトラブルにあってもなんとかできると思っていた。戦えると思っていた。誰かを守れると思っていた。なのに、突きつけられた現実はいまだ未熟者であるという烙印をより深く刻む結果だ。


 思い上がりでやってきて、強引についていき、守られて傷つけて、スラーニはそんな自分が許せなかった。


「あまり気負いしないで」

「でも、私がいなければ!」

「僕たちはね、君が思っているよりも過酷な戦いをしてきた。仲間が傷つく姿を何度も見てきて、町の人たちの屍を越えて、強力なモンスターに食べられそうになって。この一年間は国内ばかりで活動してたけど、最初のころは自分たちがどこにいるかさえわからなかった」

「……キトラさんたちは、大丈夫なんですか」

「心配ない。この程度、キトラからすればピンチにすらならない。キトラが普通の召喚師と違うのはわかるだろ」

「はい。みなさんみたいな召喚獣を出せますし」

「それだけじゃないんだ。あいつはただ見ているだけじゃない。あいつは、僕らと一緒に戦ってくれる」

「キトラさんが?」

「そんな風に見えないだろ。でも、あいつって結構強いんだ。あの杖のおかげもあるけどね」


 召喚師は召喚獣に指示を出し、時には回復し、時には強化する。だが、自身が前に出て戦うということはほとんどない。あっても敵を引き付けたりする程度だ。キトラはそんな召喚師の戦いが嫌いだった。安全なところから指示だけを出して、自分は血の一滴も流さず傍観しているのが嫌いだ。


 だからこそ、キトラは父親に感謝している。

 キトラの持つ杖の力の一つ。


「――イメージを具象化しろ! 操る杖の形から、敵を斬る刃の形へ!!」


 ラビトラが到着した時、キトラの杖の形は変化していた。


「久しぶりだね。マスターが戦う姿を見れるの」


 キトラは召喚師でありながら誰よりも前で戦うことのできる剣士でもある。


 

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