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 スラーニは前をボタンで止めていて腰に茶色のベルトを巻いている水色のワンピース姿、襟はレースで少女らしさが出ている。茶のブーツは悪路でも歩けるように少し大きめなのが服とミスマッチに見える。それに、右腰にはリボルバー銃、腰ベルトの背中側にはナイフを装備している。

 

 クリーム色のふわりとした髪には緑の葉が乗っていることから、森を抜けてまだ時間が経ってないことがわかる。キトラはスラーニを近くに来るように手招き、髪についている葉っぱをとってあげた。


「ありがとうございます。えっと、私。キトラさんにお礼がしたいんです」

「たまたま通りかかっただけだから別に気にしないで」


 そういうとキトラは再びパンを食べ始めた。


「だめですっ! 私はキトラさんにお礼をしたいんです! なんでもいいから何かさせてください!」

「な、なんでもいいって……。あまり女の子がそういうこと言っちゃいかんだろ」

「え、何か変なこといいました?」

「いや、まあ、大人の汚れた心の解釈だ。あまり気にしないでくれ。とはいえお礼といってもとくにしてほしいことないしなぁ。歳はいくつだ?」

「この前十二歳になりました」


 スラーニは見た目通りまだ子どもだ。特別大人びているわけでもなければ落ち着いているわけでもない。ただ、キトラの姉がいる教会からここまでかなり距離がある。そこからやってきた根性は同じ年ごろの子どもにはないものだろう。


 だが、子どもに頼む用事もない。戦いは召喚獣がいるしお金には困ってないし子どもだから知識を頼れるわけでもない。キトラは悩んだ。スラーニはお礼をしなければ絶対に離れないといわんばかりの目をしている。


「姉さんのところで修行をしてたっことは魔法は使えるようになったってことか?」

「はいっ! 治癒魔法と防御魔法、それに体術と武器術、罠の仕掛け方を教えてもらいました」


 キトラの姉アネルは教会を管理するマスターと呼ばれる役職だ。

 かつては男性のみでそれを神父と呼んでいたが、女性ができない道理はないと活動家が声をあげ、男女ともに教会の主、マスターになれるようになった。それと同時に、シスター以外にもブラザーという役職も増えた。これはシスターの男版というだけで、シスターと役目はなんら変わらない。


 アネルは平和を重んじる教会のマスターをしながらも、かつては魔法学園を首席で卒業する凄腕魔法使い。その実力があればどんな仕事にでもつけたのだが、国に従えて毎日働くくらいなら、もっと身近で人を支えたいと教会に入りマスターまで上り詰めた。


 スラーニが習ったそれらの魔法や技術は、すべてアネルが得意とするもの。アネルはそれほど魔法や術を教えるのは得意ではないが、スラーニの精神力に根負けしたのだろうとキトラは心の中で思う。


「ナイフ、貸してくれないか?」

「パンを切るんですか? あまり綺麗じゃないですよ」

「いいから貸してみろ。壊さないし襲ったりしないから」


 スラーニはそんなこと気にしてはいなかったが、何をするのだろうと不思議がりながらキトラにナイフを貸した。刃はまだ新しく、それほど使われてはいない。


 キトラはナイフを借りると、突然自身の左手のひらを切り付けた。


「な、何をやってるんですか!!」

「見ての通り手を切った。見ろ、血がこんなに流れてる。それにかなり痛い」

「そんな平然と言わないでくださいよ! 早く包帯を巻かないと、あ、でも先に消毒を」


 ギルドのスタッフに医療キットをもらいに行こうとしたスラーニの肩を、血が出てない右手で掴み引き寄せ、切れた左手を見せながらキトラは言った。


「治癒魔法、できるんだろ。なら、これを治せ」

「え、私がですか……」

「俺は旅をしている。自分の異常な力を確かめるために。それに、親父は俺に何かを伝えようとしていた。そのことを知るための旅だ。今までは国内で情報を集めていたが、もうこれ以上ないくらいに調べた。これから先は別の国に行く。あてはない。だけどな、旅ってのは怪我がつきものだ。俺は瀕死になりかけたこともある。この程度の傷が治せなければ俺にお礼をするなんてできっこない」


 スラーニの目の前には思ったよりも深く傷ついている切れ目がはっきりと見える。どくどくと血が流れ、それが床へと落ちていく。血を見ているだけで心臓の鼓動が早まり呼吸が荒くなりそうになる。


「どうした? 治さないのか?」


 キトラの声色はやけに冷たかった。

 さっきまでも別に優しいとか温かいとか言えるほどのものではなかったが、それにしても今のキトラは明らかに冷たい。まるで、スラーニを挑発しているように。


「……治したら、お礼をさせてくれるんですね。旅についていってでもお礼をしますよ。私はキトラさんがいなければ今ここには立っていられない人間です。傷を治したら私を旅に連れて行くと約束してください!」


 キトラは少し驚いた表情を浮かべた。


「ああ、いいぞ」


 スラーニはキトラの返事を聞き、深呼吸をして傷口に手を振れた。

 淡い光がスラーニの手に現れ、それは傷口を温かく包み込む。

 

 治癒魔法はいくつかの方法があるが、今スラーニがやっているのはその中でも上級レベルの治癒魔法。この世界の全生物は体の中に魔力が存在し、それは爪や髪と言った細部にも存在する。


 魔力で傷口を癒し、そこに魔力で皮膚を生成し、肉体と調和させ治癒する。

 腕や足を欠損した場合、基本的に完全に作り出すことはできない。あくまで、傷口を癒しその間を補強するというのが目的だ。


 しかし、スラーニの治癒魔法は同年代では決して真似できないレベルに到達していた。まずは血が完全に止まる。次に皮膚が構成されていく。調和するまでに時間がかかるはずなのに、すでに傷口はなくなって血が付着していること以外は傷つける前とほぼ同じ状態までに戻った。


「こ、これでどうですか……」

 

 スラーニは少し息切れをしていた。魔法は武器を扱ったり運動したりと違って体を動かさなくても発動できるものもあるが、体を構成する要素に魔力が含まれているということは、魔力を消耗すればそれだけ体力も消費する。


「すごいな……。これ、いつからできるようになったんだ?」

「できるようになったのは最近です。モンスターが教会の近くに現れて、シスターが怪我をした時、アネルさんはモンスターを倒すために戦っていたので、代わり私が」

「大変だっただろ」

「……はい。目の前で苦しそうにするシスターの表情は目を反らしたくなるものでした。でも、時間はない。無我夢中で魔法をかけたらできたんです」


 肉体は恐怖で固まり、興奮で躍動する。それと同じように魔法もまた精神の変化で精度や威力が変化することがある。覚悟を決めた人間の底力というやつだ。


「俺が思っているよりも君はしっかり魔法を学んでがんばったみたいだな。まだちと力不足な面はあるけど、治癒できるのは頼りになる。でも、本当に俺の旅についてくるのか?」

「はいっ! お礼をしたいです!」

「具体的にお礼って何をすれば終わりなんだ?」

「…………何をすればいいんでしょうか?」

「いや、俺に聞くなよ!」


 そんな二人のやり取りを見てラビトラたちは笑ってしまった。


「まっ、いいんじゃないの? 面白そうだし」

「異論は……ない」

「僕はどっちでもいいよ。マスターの好きにして」

「みんながいいなら俺もいいよ。――これからよろしくな」


 キトラ、それに召喚獣たちから受け入れられ、スラーニは満面の笑みを浮かべた。


「よろしくお願いします!!」

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