旅の始まり
2
静かな森の中でキトラは目を覚ました。
側には煙さえも出し尽くした焚火の後。木漏れ日が絶妙な角度からキトラの顔目掛けて差し込んでいる。
「朝か……」
体を起こすと背中に張り付いた葉っぱがパラパラと落ちていく。横になっていた場所には落ち葉を拾って作った超簡易的な寝床が作られていた。あくまで地面で寝るよりもマシという程度で、地面の硬さは容赦なく体に疲労を蓄積させる。
鈍い痛みを発する体で立ち上がり、軽く体を動かしていると側に置いていた杖から光が放たれ、ウサギの耳をした少女が現れた。
「まーたこんなところで寝てるの?」
「寝てた、だ」
「どっちでもいいって。んで、今日はどこに行くの? 資金はだいぶ集まったんでしょ」
「つってもお前らのエネルギー問題がある。ちょうどいい感じの悪党がいればいいんだが」
「最後に魂を食べたのは一年前だったかな……」
「意外と悪党ってのは呼んでる時には来ないもんだ」
「いやいや、マスターがずっと図書館に籠ってたせいでしょ」
「結局何の成果も得られなかったけどな」
「もう~! せめて成果出してよ! じゃあ、今からはとりあえず」
「悪党探しだ」
毛布代わりにしていたマントを身に着け、キトラたちは悪党を探しに歩を進めた。
「で。なんでお前出っぱなしなんだ?」
「自由に動ける方が解放感があって好きだからだよ」
「そうか、あまりエネルギー消耗すんなよ」
キトラの移動手段はもっぱら徒歩だ。
召喚師としてはかなりの実力を持つキトラであったが、実のところ世間一般的な仕事をするにはあまりにも知識がない。セオリーというものをあまり理解していないのだ。ゆえに、キトラの収入源はお礼による不定期な収入だ。
しかし、それなりにお金は貯めたことで金銭問題は現状ない。それでも召喚獣のエネルギーを確保しなければもしもの時に対応ができない。
少女たちもとい召喚獣たちは魂を食らうことで力を蓄える。それによって得た力を戦いで発揮する。だが、魂を食べれないからといって死ぬわけではない。ただ単に力が出なくなるだけなのだ。本来は力を落としたモンスターや獣を従えることで、召喚獣として利用するのが召喚師のやり方なのだが、キトラは召喚獣たちの力を上げた状態でも扱えるほど卓越した技術を持っている。といっても、キトラだけの実力ではなく、持っている杖にも秘密があるのだが、キトラは杖のことを全く知らなかった。
「ようやく町が見えてきたか」
「疲れた~」
「だったら戻れよ」
「いやだよ。こうやって人間の姿に慣れると外にいる方が気持ちいんだよ」
ずっと外に出た状態でついてくるウサギの耳を生やした少女の名はラビトラ。獣であるウサギの召喚獣である。白いウサギの耳に丸い白いしっぽ、ふわふわとしたドレスのようなスカートに白いソックスが太ももの近くまで伸びている。ブーツもふわふわしておりパッと見は人間がウサギ耳のカチューシャを付けているように見えるが、れっきとした召喚獣だ。
これがキトラの頭を悩ませる謎の一つ。召喚獣の人間化だ。実際のところ、肉体の強度や力は人間よりも強く、見た目の割にラビトラもその例に漏れずエネルギーで生み出した巨大なハンマーを振り回し戦う。
エネルギーはあくまで召喚獣の力の源をそう表現しているにすぎず、魔力とさほど大差ない。しかし、魂からも得られるという点から区別するために、生命エネルギーと言われることもある。
このエネルギーがあるとないとでは、いざ戦う時の召喚獣の力は大きく変わってくるのだ。
キトラにとって召喚獣の人間化は日常となっているが、謎なことには変わりない。父親が研究者であったということで、その血を受け継いだキトラも、謎の解明をしたいという好奇心は強かった。
しかし、国の図書館で全部の本を漁っても、それらしき記述はない。父親は魔法に関する研究をしていたのは知っているが、内容を詳しく聞いたことはない。父親の名前で本を探してみると、それなりに情報は出てくるが、ほかの魔法研究ばかりで召喚獣に関することはあまり出ては来なかった。
ほどなくして町へ到着した。
すでに太陽は真上にあり、朝からなにも食べてないためまずは食事を食べようと店を探した。
一際目立つ大きな建物はハンターギルドだ。中規模から大規模な町ではこういったハンターギルドが存在し、モンスターを狩ったり問題を解決したりして生計を立てるハンターが集まる場所だ。
ギルドに入ると武器を持った人たちや食事をしている人、クエストボードの前でクエストを選んでいる人など、かなりの賑わいを見せていた。
すると、まるでスキップをするように軽快に受付嬢がやってきた。
「はじめまして~。旅のお方ですか?」
「そんな感じだ。……もしかして全員の顔を覚えてるのか?」
「だいたい覚えてますよっ。でも、私の姉のほうがすごくてですね。なんと見たもの全部覚えられるんですよ!」
少し興味のある内容だったが、いまはそんなことよりも空腹をどうにかするのが優先だった。
「あ、お食事ですね! あちらの席に座って好きなものを注文してくださいっ!」
何を話すにしても元気な受付嬢。しかし、急にキトラの後ろをじーっと見始めた。キトラはその原因にすぐ気づいた。
「えっと、こいつは」
「ラビトラだよ! キトラの召喚……」
召喚獣と言おうとしたところを口を手で押さえ止め、会話に割って入った。
「仮装が趣味の痛い子だ。あまり気にしないでくれ」
「世の中にはいろんな趣味がありますもんね。では、ゆっくりしていってください」
何とかごまかせたとため息を吐くと、ラビトラは息がつまって苦しそうにしているのにようやく気付いた。
「あ、ごめん」
「ぶはー!! 誰が痛い子だって!!」
「いや、だって本当のこと言ったらそれこそ俺まで変な目で見られるだろ」
「だからって痛い子はないでしょ」
「まぁ、なんだ。早く飯食べるぞ」
「あ、逃げるな―!」
なんとかラビトラを落ち着かせ食事にありついたキトラ。
食事を食べつつ今後どこへ行こうかと考えていた。
「ラビトラ、いまどれくらい戦えそう?」
「う~~ん。本気は出せないけどそれなりにかな」
「お前結構大雑把だからなぁ。信用していいものかどうか」
「聞いといてなにそれ。というか、私が戦わなくても憑依しちゃえばいいじゃん」
「いや、あれは俺の体力が……。戦った後動けないし」
「リラコに運んでもらえばよくない?」
「それはそうだが、俺が疲れるのは変わりないだろ。もしそのあとに宿をとることになったりすればお前たちだと不安だし」
以前、キトラ自身が悪党を戦った際には体力を消耗してその場から一歩も動けなかった。
朽ちる建物の中でどうしようかと悩んでいると、召喚獣のリラコが助けてくれたが、そのあと宿屋に行くと、男一人を小脇に抱えた高身長かつ寡黙な女性がお金だけを差し出してくるものだから店主は何かの事件と勘違いし大事になったことがあった。
体力が戻ってから説得するのにそれなりの時間を要したことで、キトラにとっては苦い思い出として記憶に残っている。
二人が話しながら食事を食べていると、勢いよく扉が開かれる音が聞こえた。
ガチャガチャと鎧や武器の音が聞こえ、無礼な足音が響く。
大柄な男と子分のような細身で陰気な笑みを浮かべる男。さらに二人ほど後ろに男が立っていた。
さっきの受付嬢がキトラたちに接したように元気に近づくと、大柄な男は受付嬢を舐め回すように見て言った。
「へぇ~、こんな中規模のギルドにも可愛い女がいるもんだな」
「あ、あの、えっと。外から来たパーティですよね。クエストをするなら一度申請を」
「あぁん? 俺がわざわざ申請しなきゃいけねぇとはどういうことだ?」
大柄な男は受付嬢の頭をぐりぐりと強引に触れながら圧をかけている。
その行動に苛立ちを覚えたラビトラは立ち上がり大柄の男の方へと向かった。
「ちょっとあんたたち!」
男が振り向く直前、ラビトラの体は光に包まれ杖へと戻っていった。
「ちょ、ちょっとなにするのよ!」
ラビトラは杖の中に入れられた状態で怒っていた。
「こんな小者相手にして大事にすんなよ」
杖に話しかけるキトラの、小者という発言に怒りを露にした男は、キトラの前にたち見下すように姿を見た。
「おい、今お前、俺のことを小者って言ったか?」
キトラは面倒なことになったなとため息を吐きつつ立ち上がった。
「まぁ、なんだ。あんたらは自分のことを有名人のように振る舞っちゃいるが、ここにいる人間は誰も知らないだろ」
「田舎の奴らは情報が遅いからな」
「じゃあ、あんたらがどう有名か教えてほしいな」
「俺らは泣く子も黙る最強で最恐のガルムパーティだ。俺らの前じゃあドラゴンだって歯が立たねぇぜ」
ドラゴンはあらゆる生物の中でも最強と言われている。
気性の荒いドラゴンが暴れれば一国が一夜にして崩壊するとも言われるほどだ。
もしそれが本当ならガルムパーティの実力は全ギルドの中でもトップクラスということになる。
キトラは面倒だと思っていたがそれ聞き、俄然興味が湧いてきた。
「それはすごい。じゃあ、ちょっと見せてもらおうかな」
キトラが男たちに手をかざすと、一瞬にして吹き飛ばされギルドの扉を破壊し外へと放出された。キトラも外へと出て男に言った。
「あんたらが悪党ならこっちとしてはありがたいんだ。餌が足りてなくてね」
「こ、このやろう! 舐めやがって! お前らやっちまえ!」
子分たちが一斉にキトラへと襲い掛かる。
その時、杖が光りはじめた。
「あ、やべ」
その直後、キトラよりも頭二つ分背の高い女性がそこに現れた。
褐色の肌に跳ねた黒く長い髪。上半身はへそだしで黒い毛皮のベストを着ており、下半身はレザー素材のようなショートパンツで黒いブーツを履いている。
「リラコ、あまりケガさせるなよ」
「……わかった」
リラコと呼ばれるこの女性もまた召喚獣である。
元はゴリラで中もおらず単独行動をしていて、モンスターに襲われているところをキトラが助けた結果、召喚獣となった。
何度か鈍い打撃音が聞こえると、子分たちは地面に倒れ気絶した。
「ば、馬鹿力め!」
リラコは躊躇せず大柄な男へと拳を振るおうとした時、キトラが呼び止めた。
「それくらいでいい」
「……わかった」
リラコはそういうとキトラの後ろに回ってただ傍観する。
「あんたらがどれだけ強いか知らないがあまり変なことすんなよ」
「ちっ、覚えてやがれ!」
そういうと大柄な男は走って逃げていった。
「これで一件落着。……て、わけにはいかなさそうだな」
ギルドのマスターが壊れた扉を見て、キトラを睨んでいた。
「はぁ……。ついてないな」
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