召喚師とケモミミでモンスターで魔物な少女たちの百鬼夜行

田山 凪

プロローグ

1

 炎に包まれた町。人々は逃げることしかできなかった。まともな武器もなく、兵士もいなければ魔法使いやハンターさえいない。長閑で平和な町は、一夜にして地獄と化した。


 少女は木製の倉庫で膝を抱えて震えていた。しできるだけ音を立てぬように息を殺す。外では悲痛な叫び声と命乞いの声。襲ってきたのは山賊だ。


 人が人を襲う。少女はそのことに疑問さえも持つことなく、これが当然のことなんだと、弱い人は強い人に襲われても文句はいえないんだと、歪んだ考えが刻まれそうになっていた。


 その時、倉庫の扉が強引に開かれた。南京錠は役目を全うせず、無慈悲に少女への扉を解錠してしまったのだ。


「団長、ありましたぜ」


 筋骨粒々で大柄な男が嬉しそうに言った。その後ろから目に傷のある男がやってきて少女の前に片膝をついた。


「君はこの町の少女か?」


 少女は怯えて声も出せない。


「怖がらなくてもいい。通りがかりというやつでね」

「……悪い人じゃないの?」

「どっちつかずだ」


 男は少女へ手をのばし優しい声で言った。


「俺たちと来ないか? 行くあてもないのだろう。残念だがこの町で生きてるの君だけなんだ。俺の名はラーダ。もし、一緒についてくるなら、俺の手を握ってくれ」


 もう生きているのは自分だけ。それはあまりにも過酷な現実だった。でも、なぜか涙はでない。まだ緊張の糸は針積めたままだったからだ。


 少女は躊躇しながらラーダの手を握る。震える小さく冷たい手が、ラーダのゴツゴツとした手に触れる。すると、ラーダは多少強引に倉庫から少女を引っ張り出した。


「荷物用の馬車がある。そこまで案内しよう」

「私は荷物ですか?」

「疲れているかと思ってね。移動用の場所はないんだ。大所帯なもんでね。それとも自分で歩くか?」

「……馬車でいいです」


 何か、得たいの知れぬ違和感を覚える。町は悲惨な状態で、自分以外生きてはいないというのは間違っていないのだろう。なのに、ずっと引っ掛かるものがある。

 少女はごく一般的に育ったこれといって特別優秀なことはないが、針積めた緊張と本能的な生への執着が、頭を全力で働かせ観察することに集中させる。

 

 ラーダの部下たちは死体を一ヶ所へと集めている。多少雑に扱っているように見えるが、知らない人間の死体を扱う姿など今まで見たことがなく、そういうものだと理解することにした。


 荷馬車の近くまで到着すると、倉庫を開けた男の言葉が頭に過った。


「団長、ありましたぜ」


 まるで物を見つけたような言い回し。決して人に対して使うことはない。もし、人を見つけたなら、”いた”と表現するはずだ。なのに、”ある”という表現を用いたのは、あの男が自分に対し、そういう目で見ていたからだとわかった。


 物に対して使う言葉に、少女は恐怖を抱き始めた。


「どうした。乗らないか?」

「えっと、その……」


 ラーダの声色は優しいもので、疑うことに罪悪感すら覚えてしまう。なのに、疑わずにはいられない。それだけ、強い違和感があったのだ。


「……あの、いまからどこに行くんですか?」

「目的地はこれと言って決めてはない。風のゆくままどこへでも旅をする。はぐれ者の俺らにはお似合いだ」

「ここみたいに襲われた町で何するんですか? みんな、動き回ってる」

「悪い人かという質問に、どっちつかずだと言っただろう。あれはな、こういった町の余ったものをいただいているからだ」

「それって……」

「悪いことだ。でも、戦うこともある」


 その時、少女が抱いていた強烈な違和感の正体に気づいた。町を見てみると、そこには町の人たちの死体がたくさん転がっている。それを運ぶラーダの仲間たち。だが、いるべき人間がいないのことがわかってしまったのだ。


 少女は、そのあと何が起きるかわからなくても、聞かずにはいれなかった。


「……あの、町の人たちの死体しか見えません」

「……」

「おかしいですよ。だって、ラーダさんたちが誰かと戦って、安全の確保をしたなら、戦った相手の死体があるはずなんですよ。でも、町の人たちしかいない」

「そうか」


 優しい声色で答えた途端、ラーダは急に笑い始めた。笑い方はさっきまでの優しそうな雰囲気とは打って変わって、不気味で怪しげで、見ていたくないものだった。


「気づかなければいいものを」

「えっ?」

「歳は十歳くらいか?」

「十一です」

「どっちでもいい。気づかなければまだ優しく接してあげたのに、ばれてしまったら仕方がない。これ以上追及されても面倒だからな」


 ラーダは少女の手首をつかんで持ち上げた。


「い、いたい!」

「痛いだろうな。でもな、これからお前に待ち受けている事は、こんな痛みなんてどうでもよくなるくらいの出来事だろうさ。大人たちのおもちゃとなって捨てられる。もう自由なんてのはない。ちと派手にやりすぎて全員殺してしまったかと思ったが、金目のものが残ってて安心したよ」


 大人から向けられる深い邪悪が少女を絶望へと落とす。

 助けなんていない。自分にはもうなにでもきない。すべて、この男の思うがままに行方を決められる。そう思うと、抵抗する気持ちさえなくなってしまった。


「傷ものになってしまうから味見できないのが残念だな。だが、お前のゆがむ表情を楽しむのもいいだろう」


 ラーダが少女を縛り付けようとした瞬間、建物が崩壊する音が聞こえた。ラーダは少女の手を離しすぐに状況を見に行こうとすると、真横を部下が吹き飛んでいく。


「な、なにがあった!」

「団長! やばい女がこっちに来てます! まるで獣かモンスターみたいだ!」


 さらに次々と建物が傷つく音とラーダの部下たちがやられていく声が聞こえる。

 煙が立ち込める中から現れたのは、白いウサギのミミを生やした少女、さらに剛腕を振るう少女、逆立ったしっぽに鋭い爪と牙を光らせる少女だった。


「お前らはいったいなんなんだ!」


 ウサギの耳を生やした少女が答える。


「なにって、召喚獣だけど」

「どうみたって人間だろうが!」


 すると、煙の中から男が出てくる。少し幼くも見えるが体格や身長から二十歳前後であると推測ができる。マントをなびかせ、黒い髪が揺れる。手には長い杖を持っていた。


「これ、あんたがやったの?」


 杖を持った男は淡白に言った。


「そうだと言ったらどうする」


 ラーダの問いかけに対し、男は再び淡白に答えた。


「そっちのが都合いい。だって、ようやく見つけたんだ。エモノをな。――お前ら、あいつら食っていいぞ」


 男が杖を光らせると、さっきまで少女の姿をした者たちは、人の形と容姿を残したまま、毛を生やし生物的な特徴を目立たせ、男たちに食らいつく。悲痛な叫び声が聞こえる。少女は荷馬車の横に隠れてうずくまって耳を覆っていた。何も聞こえない。何も知らない。何も見ていない。そうでなきゃ、自分まで食べられてしまう。そんな恐怖が全身を震わせた。


 微弱な空気の震えが収まると、少女は耳から手を離し、ゆっくりと目を開けた。目の前には、人の姿に戻った少女たちと、それを従える杖をもった男が立っている。ウサギの耳を生やした少女が顔を覗き込んだ。


「この子怯えてるよ~。マスターがこわいんじゃない?」

「俺の面はそんなに怖くないだろ」

「いやぁ~結構不愛想な感じだよ。炎と煙が杖を持つ姿をより怪しくしてるね」

「まじかよ。それは困ったな」


 少女は震えながらも再び違和感を抱いた。食っていいぞ、確かに男は言ってそれに反応し男たちへ飛びかかった。


 なのに、少女たちには血が一切ついていないのだ。


「あ、あの……さっき、食っていいぞって……」


 何のことか考えるような少しの間の後に男は答えた。


「あー、こいつらの餌か。あれは本当に食べてる訳じゃなくて、魂を食ってんだ」

「魂を……」

「まぁ、こいつら人間に見えるけど、実のところは召喚獣でな。召喚獣ってのは生物の魂を食べるんだ。普通に食事もとれるがそっちだと出費が激しくて大変なんだ」

「魂ってことは、やっぱ死んでるってことですか?」

「いや、頂いたのは悪い魂だけ。魂ってのは一面的じゃなくて、いくつもの面がある。んで、悪さをするやつってのは悪い面が大きいんだ。それを食べさせて食事がわりにしてるってわけだ」

 

 話の内容は理解できても、この不思議な状況が少女に混乱を招いた。しかし、少なくとも目の前の男は、悪い人じゃない。心の底から思えると緊張の糸がほどけて少女は気を失った。


「マスター! 死んじゃったよ!」

「死んでねーよ。よっぽど疲れてたんだろ。教会にでも送ってやるか」


 男は少女を背負い、町の惨状を目に焼き付けてから離れていった。


――――


 少女が目覚めた時、そこは個室のベッドの上だった。体は昨日の一件の影響で完全には疲れが取れていなかった。重たい体を起こしてベッドから降り、少しふらつく足で窓際へと行くと、その先には綺麗な庭園が広がっていた。

 思わず窓を開けると、花の匂いが風に乗って部屋へと押し寄せてくる。


「起きたのね」


 後ろから声がした。庭園の美しさに気を取られ扉が開いたことにすら気づけなかった。優しくしてくる人には裏があるがあるかもしれない。そんな疑心から、少女は振り返りつつも声のするほうを鋭くにらんだ。

 扉の枠に背を預け腕を組みながら黒髪の女性が見ていた。


「そんなに警戒しなくていいって。私はアネル。この教会のシスターよ。君の名前は?」

「スラーニ……」

「スラーニちゃんね。昨日のことは覚えてる? 主に最後どうなったか」

「知らない人が助けてけれて、いつのまにか寝ちゃって、気づいたらここだった」

「その知らない人って私の弟なの」

「えっ」

「あいつはいろんなとこほっつき歩いててね。たまたまスラーニちゃんを助けたからって、わざわざここまで連れてきたのよ。スラーニちゃんのいた町から十キロは離れてるのに」


 子どもとはいえ人一人を背負って十キロを歩くというのは中々につらいものがある。その上、アネルの話によればスラーニを預けたのちすぐにまた出発したというのだ。


「休んでいけばよかったのに」

「危険にさらされる可能性があるからだよ」

「どうしてですか?」

「召喚獣を扱えるとは言え、たった一人の男にやられたんだ。もし、相手が大きな勢力だったら後をついてきてるかもしれない。それを警戒したんだよ」

「なぜそこまでするんですか。私は見ず知らずの他人。子どもだからって助ける必要はないはずです」

「あいつはやるなら徹底的に。中途半端を嫌う。だから、偶然とはいえ助けた君を安全な場所まで逃がさないと気が済まなかったんだろう」


 助けてもらったのにお礼さえ言えなかった。一度話をしてみたい。そんな気持ちで胸がいっぱいになる。


「あの、弟さんの名前を教えてください」

「名前はキトラだ」

「キトラ……」


 命の恩人の名だ。いつかお礼を言うために、スラーニはその名前を強く頭の中へと刻んだ。

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