第6話 『神の祝福』

 俺は…………死んだ……のか?



 真っ暗闇の中、ここに意識があるというだけで体という感覚もなく声を出すこともできない。

 何もなく誰もいないはずの暗闇で声が響く。



『あなたにはまだチャンスがあるわ、どうする?』


 チャンス……何が残っている……


『それとも諦める?』


 もう俺には……


『あなたの好きになさい』


 何も残って……




 ◇





 ……二君……レニ君、またおばあちゃんとお話してたの?


 おっ、リリア。子供たちに大人気じゃないか。


 えっへへ、お姉さんになった気分……っじゃなくって! たまには一緒にお話しようよ!


 いつも話してるだろ? それにニールたちとも遊んでるし。


 そッ、そうじゃなくて! たまには……二人でゆっくり……。


 二人で? よくわからんが……まぁわかったよ、そのうちな。


 本当!? 約束だよ!


 あぁ約束だ。






 ◇




 ……そうだ……いつだったかの約束、リリアはもう忘れてるかも……でも、いかなきゃ


『わかったわ、あなたに祝福を』




 眩い光が意識を支配する。しばらくすると暗闇が広がり、体の感覚を感じた俺はゆっくりと目を開けた。



「なっ……なんだこれは?」



 這いつくばり伸ばしたままの腕に、光の残滓のようなものが見える。

 痛みがない……傷も消えている……どういうことだ? いや、考えている暇はない、今は逃げなければ。


 すでに光も消え立ち上がろうとした瞬間、声が響き文字が脳裏に浮かび上がる。





『レニ、13歳、職業――ものまねし、素質なき者に幸あれ』


【ものまねし:状態(ドラゴン)】





 これが≪神の祝福≫……職業がものまねしってどういうことだ? しかも状態って――。

 目の前に迫ったドラゴンは巨大な腕を振り下ろす。巨大な爪が頭上に迫る中、俺は避けようと地面を蹴った。そして……そのまま俺はとてつもない速さで横に跳び木へと激突した。



「い、いったー……くない? あれ、どこも痛くないぞ」



 木をへし折るほどの勢いでぶつかったにも関わらずまったく痛くない。ドラゴンも何が起こったのかわからず辺りを探している。

 速さから察するに、尻尾で吹っ飛ばされたときよりも強烈に衝突したようだが……傷一つない。しかもよくわからないが力が溢れてくる。


 これは……あくまで憶測にすぎないが多分、今の俺はドラゴンと同じ・・になっている。正確には同じ質量なのか? わからないがこれなら……イケる気がする!



「くらぇぇぇえええええ!!!」



 走り出し拳を握ると目の前の壁のような足を殴る――確かな手ごたえがそこにはあった。ドラゴンは叫ぶと後ろに跳びあがり、足を引きずった。



「き、効いたか!?」



 ドラゴンは怒りの混じった目でこちらを睨むとその巨体で素早く走り出す。軌道を変えたと思った直後、尻尾が薙ぎ払うように迫る。

 防御した衝撃が身体を襲う……しかし、そのまま俺は尻尾を掴みドラゴンを森に投げ飛ばす。



『な、なんだこの人間は!?』



 尻尾を受けたダメージか? 全身が重い、とくに脚が今にも引きずりたくなるくらいに……だがここでダメージがあることを悟られてはダメだ。

 投げ飛ばしたドラゴンに平静を装い近づく。



『ぬぅ、ならば仕方あるまい』



 くそ、飛ぶとは卑怯な……。さすがに羽はないから飛ぶことはできないしジャンプして届くような距離じゃない。よく見るとさっきよりも濃厚な魔力を感じる。そして周りには先ほどのような隠れる場所はなかった。



「おいおいさすがにこれはまずいんじゃ」


『消し炭になるがいい!!』



 ≪スキル:ドラゴンブレス≫


 何かが浮かぶと同時に俺は直感で体が動き、ドラゴンが炎を吐くと同時に俺も口から炎を吐く。二つの炎が空中でぶつかると、平たくなり徐々に散っていった。



『……な、なんだと』


「……な、なんだ今のは」



 いや、ほんとびっくり……まさか炎が出るとは思いもしなかった。



『くそ忌々しい人間どもめ、必ず取り返してやるぞ!』


「ん? なんだ取り返すって?」


『ふざけるな! お前たちが我の卵を盗んで………………お主、我の声が聞こえるのか?』


「あれ、今の声みたいなのって……ドラゴン……さん?」



 俺とドラゴンの間に無言の沈黙が訪れ――――しばらくしてドラゴンはゆっくりと降りてきた。

 徐々にその巨体の影が俺を覆い、巨大な翼から出る風圧が襲ってくる。腕を顔の前で構えしばらく踏ん張っていると地面が揺れ風が収まった。


 静まり返る空気……目の前にはドラゴンの顔があった。

 その瞳はとても美しく(だが間違いなく狩る側の眼であり)、決して折れることのない誇りすら感じさせていた。


 これが……生まれながらにして強者の眼――そして鼻息!!



『なぜ我の声が聞こえる…………まぁいい、通じるのならば話は早い。今すぐ卵を返し盗んだ人間どもを差し出せ。そうすれば命だけは助けてやる』


「た、卵? そんなもん知らないぞ」


『とぼけるな。先に手を出しておきながら……この家の次は貴様の村、すべてを燃やし尽くしてやる!』


「いやほんとだって! ドラゴンの卵ともなればさすがに大きいだろうから目立つはずだし!」


『これでもまだ隠すというか、ならばこの辺り一帯を燃やして――』


「ま、待ってくれ! …………俺が探してみるよ。人間相手なら同じ人間のほうが探しやすいだろ? もし逃げたりしたら好きにすればいい、だが無事に卵を取り戻せたら村には手を出さないでくれ」


『ほう…………我と渡り合える強さがあればそれも可能かもしれんな。一月ひとつきだ、もし一月立っても見つからぬようならば覚悟しておけ。いいか、約束を違えるなよ?』


「あぁ、死ぬ気で探すよ」


『…………何かの手掛かりになるかもしれん、これを持っていけ』



 これは鱗か。とんでもなく硬い、もしかしてこれで武器とか作ったら伝説の剣になるんじゃないか?



『卵も我と同じ魔力をまとっている、何かの役に立つだろう』



 そういうと先ほどまでのような圧はいつの間にか消えていた。大きな翼が砂埃を上げ木々を揺らし、巨体が軽々と浮き上がっていく。



『……頼んだぞ』



 ドラゴンは向きを変えるとあっという間に飛び去った。その姿はただ子を想い心配する親のような……そんな背中にみえた。

 ドラゴンの姿が見えなくなると脳裏に文字が浮かぶ。



【ものまねし】



 先ほどあった(状態)の項目がなくなっている?

 そして文字が消えると同時に、俺は急激な疲労と眠気に襲われた。



 な、なんだ? 一気に体が…………そうだ、婆さんは無事か!?


「――レ、レニ君!!」


「待て! 俺が先に行く、ソフィアは周りを警戒、嬢ちゃんは合図するまでここにいてくれ」



 リリア……それに冒険者らしき男女が一緒だ。これなら……もう……大丈夫……か…………。


 安堵した俺は歩みを止め、ゆっくりと膝から崩れるように地面に倒れるとそのまま眠りに落ちていった。

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