第5話 『伝説級のモンスター』

 崖からリリアが飛び降りるのを確認しすぐさま赤い瓶をモンスターの足元へ投げつけ後を追うように崖から跳ぶ。

 大きな爆発音が聞こえたがそんなこととは無関係にリリアは徐々に沈んでいく。


 水の中でなんとかリリアの手を掴むと、身体を引き寄せ腕を回す。


 本来であればこの身体で同じ年頃の、ましてや衣類をまとったままの女の子を引き上げるのは相当に無理がある。だが俺にはいける確信・・があった。ここは、滝があってつくられた滝つぼでもなければ海流の酷い海でもない。泉というのは地中から水が湧き出ているのだ。


 そして何度か入ったときにわかったことだが、この泉は地中と横からの湧き出てる水の勢いがかなり強い、それこそ何度か泳ぐように水中で足を蹴れば一気に浅瀬まで上がることができる。


 案の定、何度か足を蹴ると一気に押し上げてくれるポイントがあり、そのまま俺は浅瀬までリリアの身体を運んだ。



「ぶはー!! さすがに服を着たままじゃ重いな…………リリア? おい、しっかりしろ!」


 声をかけるが返事がない。


「くそ、水を飲んだか……一か八かだ」



 ほとんどの人が一度はどこかで体験学習し、やる機会がほとんどない技術。

 俺はリリアの気道を確保すると覚悟を決め人工呼吸を始めた。


 ――――


 ――



「…………ゲホッ! ゲホッ!」


「ッ! よし、きたか!」



 身体を横にし気道から水を吐くのを助ける。何度かせき込むと大きく呼吸を始め、次第にゆっくりと安定していく。



「ふ~、うまくいってよかった…………リリア、俺の声が聞こえる?」


「……うっ……うぅ……」



 頭を支え仰向けにすると、うっすらと目を開けた。



「……あ、レニ君だ……来て、くれ……たんだ……」


「あぁ、もう大丈夫だ」



 リリアは笑顔を見せると涙を流した。



「……私、また迷惑かけっ……ごめん……っ」


「女の子が、リリアがみんなを逃がしてくれたって言ってたよ。リリアのおかげさ」


 ……よかったぁ……



 リリアは心の声がもれたように小さく呟いた。きっと心細いなか一人で頑張ったんだな……本当によくやったよ。


 リリアは上体を起こそうとするが、力が入らないのか腕が震えている。俺はすぐに手伝いゆっくりと身体を起こしてあげた。



「ごめんね……ボロボロだ私……」


「何を言うんだ、婆さんにもらった回復薬があるから――ほんとに、お疲れ様」



 リリアの涙を手で拭い、頬に手を当てると体温が戻ってきているのがわかる。本当はハンカチでもあればサマになるんだろうが今は全身ずぶ濡れ、落ち着かせるにはこのくらいしかできない。


 ジッとして動かないリリアの顔から手を離し回復薬を取り出す。飲めるように蓋をはずすと、リリアは震える手で受け取りゆっくりと飲んだ。



「少しだけ休もう。本当はゆっくりしていきたいところなんだが……こうずぶ濡れじゃあね」



 シャツの端を握ると水がだらだらと落ちてくる。


 空気は乾いているが夜は一気に冷え込むこの季節、さすがにこのままってわけにもいくまい。



「あはは、そうだね……」


「俺は周りの様子を見てくる。大丈夫、遠くには行かないから」


「うん、気を付けて」


「もし立てるようになったら少しでも着ている服を絞っておいてくれ。そのほうが動くときに多少なりとも楽になるはずだ」



 周りの森に細心の注意を払いながらモンスターのいた場所を覗く――そこには大きな爆発の跡と爆散したモンスターの形跡があった。

 婆さん……威力ヤバすぎだよ。助かったけどさ……こんなの即時発動型ダイナマイトじゃん……。


 残りの一本を間違えて割ったりしたら……などと考えていると背筋がゾッとしたため足早にリリアの元へと戻ることにした。



「リリア、体調はど――ッ」



 放った言葉を抑えるように俺は口を塞ぎ、すぐに木の陰に隠れた。

 確かに、服を絞っておいてとは言ったがまさか脱いでしっかりとは…………俺のイメージでは服のゆるい部分を掴み絞っていく程度だったんだが、言葉足らずだったな。前世だったら完全にアウトだった。


 だからと言ってセーフというわけでもないが、ちょっとだけ・・・・・・しか見えてないから……………………セーフ。



 モンスターもちゃんと倒せていたし危険はないだろう。回復薬もちゃんと効いてるようだったし、しばらくここで待つとするか。

 しかしあのモンスターはどこから来たんだ? この辺りは王都の衛兵や冒険者が管理しているから、危険なモンスターは滅多にでないはずだが…………。


 色々なことを考察していると突如、大きな地鳴りが響く。



「な、なんだ……リリア、そっちは大丈夫か!?」


「う、うん! まさかさっきのモンスター……?」


「いや、あいつは倒した。確認したから間違いない。急いで村に戻ったほうがよさそうだな……身体は大丈夫か?」


「うん。走るくらいなら平気、急ごう!」



 走り出してまもなく、今度は大きな咆哮が鳴り響き、大きな影が俺たちを覆った。



「な、なんだあのでかいのは……」


「もしかして、あれってドラゴンじゃ……はっ! おばあちゃん!!」



 ドラゴンと言われる生物が飛んでいく方向には婆さんの家がある。ドラゴンは何かを探すように上空から辺りを見渡していた。それが終わると、今度は家にぶつかり壊し始める。



「や、やめてえええええええ!」


「リリアッ! 危ない!!」



 俺はすぐさま追いつきリリアの身体を地面に倒す。間一髪、壊された木材が頭上を飛び越えていく。



「リリア、君はこのことを村に知らせるんだ」


「で、でも……おばあちゃんが……」


「今の俺たちだけじゃ無理だ! それより村に知らせ、被害を少しでも減らすんだ、ここは俺が時間を稼ぐ」


「ッ?! レニ君、職業だってまだないのに無茶だよ!」


「俺にはこれがある、それに危なくなったらすぐ逃げるさ」



 そういって最後の赤い瓶を取り出す。



「大丈夫、婆さんだって俺がなんとかする。ドラゴンがまだ気づいていないうちに……早く行くんだ」



 リリアは状況を理解してくれたのか、村に向けて走り出す。

 一難去ってまた一難とはこのことか……とりあえず壊れた隙間から見る限り婆さんの姿は見えない。今のうちになんとか注意を引き付けなければ――。



「おーいドラゴンさーん! 何かお探しー?!」



 とりあえず大きな声を出してみる。こちらに気づいたのか、ドラゴンはその巨体に似つかない動きで目の前へ飛んできた。


 でかい……こんなのが地球にいたら人類滅んでたな。いや、ミサイル効くのかな? さすがにこんなのは都市伝説でも聞いたことないわ。前世でドラゴンといえば大きなトカゲなんて揶揄されてるけど、全然ちげぇじゃん。


 そんなことを思っているとドラゴンの腕がゆっくり動く。


 くる!!


 とっさに前に走り出しヘッドスライディングをする。頭の上を鋭い爪が通り過ぎ、後ろの地面は俺が入れそうなくらい深くえぐられた。



「あっぶねぇー! とりあえず懐にはいれば多少は」



 そう思い足元へ行くと巨体が浮かぶ。そりゃあ飛べるんだもん、そうなるよね……。

 上から丸見えになったこの状況――森に逃げるか、婆さんの家に一時避難か――


 そう考えているうちにドラゴンの口は光り、あの合図がくる。



「やばっ……絶対あれだよな? あれだよね!?」



 どうするどこに逃げる……ッ! あそこしかない!!


 頭をフル回転させた俺はさっきできた大きな爪痕へ飛び込んだ。すぐさま大きな爆発が起き熱風が吹き荒れる。地面から伝わる衝撃が身体を直撃するが姿勢を維持し収まるのを待つ。



「…………凌いだ……か」



 ホッとして顔だけ出し辺りを伺うと婆さんの家は半壊していた。だが、中に人がいる気配はなかった。

 ドラゴンは地面に降り立つと、辺りを調べるようなしぐさをしている。



「お探しのものはこれかい?」



 俺の言葉に振り向いたドラゴンの首は赤い瓶を割った。小さな魔法陣が展開され瞬時に大爆発が起きる。



「これならどうだ! さすがに効いただろ?!」



 爆発に次ぐ爆発で辺りは砂ぼこりが舞い、視界は塞がれていた。絶対的な自信があった……そのくらい大きな爆発。

 だが砂ぼこりが揺らいだと思った瞬間、俺は横からの衝撃に吹き飛ばされた。



「ぐはッ……!!」



 地面を転がり木にぶつかる。口からは血が溢れ、まともに呼吸することすらできない。目の前のドラゴンは首元が少し汚れたくらいで、俺を吹っ飛ばしたであろう尻尾を器用に動かしている。


 ――俺にできることは一秒でも長くドラゴンを止めておくこと――


 ただそれだけを考え、這いつくばり前に進んだが…………次第に目の前が暗くなっていった。

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