第3話 『神のきまぐれ』

 あるとき、10歳になっても≪神の祝福≫が起きない男の子が現れた。


 それから何年かの月日が経ち、青年となった彼に突如何の前触れもなく≪神の祝福≫が起こる。それは誰も聞いたことのない職業で、彼の生活を一変させた。


 それからというもの極めて少ないがほかにも似たような報告があがり、それらは特殊職ユニークと分けられ研究されるようになった。だが調べようにもほかの職業に比べ謎が多い。


 はっきりとした特性や祝福が起きる条件もわからないまま……いつしか神様がなんとなく、そのときの気分や雰囲気で作って与えているのではないかという噂が流れ――――誰が言い出したか、それは≪神のきまぐれ≫と呼ばれるようになった。




 * * * * * * * * * * * *




「それじゃあ俺もいつか職業はもらえるかもってことですね」


「そういうことになるのぅ、素質がないというのは謎じゃが……」


「大丈夫、レニ君ならきっとすごい職業がもらえるよ!」


「ほぅ? なんだい、リリアはそんなにレニのことを気に入ったのかい?」


「ッ!! ち、ち、違うもん! お友達だし、私を助けてくれて……ほかの子より少し大人っぽいけど……かっこよくて……ごにょごにょ」



 急に声が小さくなり、後半は何を言ってるのかまったく聞き取れなかったが、友達として応援してくれているのは間違いないようだ。



「おやおや? 普段のお転婆はどこにいったんじゃ。そんなにしおらしくなって」


「も、もうお婆ちゃんのいじわる! わたし、お庭の片付けに行ってくるからお茶、ご馳走様!」



 リリアは立ち上がり俺を見てお辞儀をすると走り去っていった。



「ほっほっほ、落ち着きがなくてすまんのぅ。普段はもっとしっかりした子なんじゃが」


「元気な証拠ですよ。それより……お婆さんは、村に伝わる伝説の魔女なんですか?」



 本当に魔女であれば俺はついに、本物の伝説に巡り合えたことになる! お婆さんはお茶を啜ると、考えるようにあごをさすった。


 そして………………。



「そうじゃのぅ、今は何も言えん……が、いずれわかるときがくる。それで勘弁しとくれ」


 ――――ッ!



 いずれわかるときがくるとは……これ以上何があるというのだ! 残念だが、きっとこのまま追及しても答えてはくれないだろう。



「……わかりました。いずれ、その日を楽しみにしておきます」


「物分かりがよくて助かるよ。ほれ、お茶のおかわりでもどうだい?」


「あ~すいません、今日は手伝いがあったのをすっかり忘れてまして……そろそろ帰らないと」



 気づけばもうすぐ夕飯の準備をする時間、いつも手伝っているからたまにはしなくたって大丈夫なんだけど。俺の母さんの料理はすべて壊滅的……に見えて実は一つ変えると最高に美味しくなる。


 最初の頃、俺が一つアドバイスしただけでとてつもなく美味しくなり、どんどん美味い料理を作っていった。最近は新しい料理に挑戦しているのだが、ある意味それが一番危険な状況なのだ。



「おぉそうじゃったか。これからもあの子リリアと仲良くしてくれるかのぅ?」


「えぇもちろん! お婆さんも薬を飲んで早く元気になってください」


「ほっほっほ、無理せずちゃんと休ませてもらうよ」


「それじゃあ俺はこの辺で、ご馳走様でした!」



 魔女(仮)の家を出て、帰り道を急ぐ俺の気持ちは昂っていた。神のきまぐれ……いや、そんなことよりも婆さんだ!


 あの言い方は魔女と決まったわけではないが、魔女でないと決まったわけでもない。もしかすると伝説以上の伝説……伝説が隠す伝説の何か? レジェンドオブレジェンドというわけか!


 俺は家につくまで色々なことを予想したが、そのどれもが素晴らしいものだった。




 * * * * * * * * * * * *




「おばあちゃん終わったよ! ……あれ、レニ君は?」


「手伝いがあるとかで帰ったよ――――なんだい、そんな顔をして」



 お婆さんは立ち上がるとリリアの頭を撫でる。そして顔を近づけ何か耳元で話すと、リリアは驚きお婆さんの袖を掴んだ。



「えっ……ほんとに?!」


「あぁほんとだよ。そのかわり明日か明後日、ちょっとだけ家を出るけども留守番を頼めるかい?」


「うん、大丈夫! お薬飲んで早くよくなってね!」


「そうじゃったの、それじゃあリリアは先に夕飯の支度をしとくれ」


「はーい!」



 台所からは鼻歌のような声とひとり言が聞こえ、お婆さんはそれを聞きながら笑顔でお茶をすすった。




 * * * * * * * * * * * *




「ただいま! 母さん遅れてごめん、今支度手伝うよ!」


「あら、おかえりレニ……あんたどこへ行ってたの?」



 母さんは笑顔だったが声色がキレているときの声になっていた。いつも手伝っているから遅れたくらいじゃ怒ることはないはずなんだが……。



「え、えーっと、外で遊んでたよ」


「その顔の傷は?」


「あ、これは転んじゃってさ~」


「じゃあ熱用の薬はどうしたのかな?」


「あぁあれはね、お婆さんが――あっ」



 母さんの笑顔が、ひきつった俺の顔に近づいてくる。気づけば足元から迫る母さんの陰が俺を隅へと追い込んでいた。



「どこのお婆さんかな?」


「いや、それは、え~っと……」


「さっき薬屋の奥さんがきてね、熱は大丈夫かって言われたの。あんたが大慌てで店にきたものだから心配になってきたんだとさ」


「お、女将さん何か勘違いしちゃったのかな~?」



 なんとかごまかそうとしていると家の扉が勢いよく開かれる。



「母さああああああぁぁぁぁん! 熱は大丈夫かああああああああ?!」


「あら? あなたお帰りなさい」


「あぁ帰ったぞ。母さんが熱だと聞いて居ても立っても居られなくてな……おっ? レニもいたのか。どうしたんだそんなところで」



 田舎の噂というものは広がるのがなぜこうも早いのか……完全につんだ俺はおとなしくその場で正座することにした。

 リリアを助け、お婆さんに薬を届けたことを説明すると、母さんと父さんはお互いに顔を合わせる。


 顔の怪我に関しては本当に転んだだけと説明し、ニールのことについては秘密にした。子供だからって許されるわけじゃあないけど、それじゃあ学べるものも学べなくなってしまう。もちろん反省していないようなら話は別だが。



「そのことはまだ誰にも話していないな?」


「う、うん。まっすぐ帰ってきたし誰にも会ってないよ」


「わかった。母さん、俺はちょっと外に出てくる」



 そういうといつも元気だけが取り柄のような父さんがまじめな顔をして出ていった。



「俺……何かまずいことしちゃった?」


「まったくあんたって子は」



 そういって母さんの手が迫ってくる。これまでに何度か食らったことのあるゲンコツは痛いというか響くのだ。

 せめてその瞬間だけは逃れようと目をつむり………………覚悟を決めて待っている俺の顔に母さんの手が添えられる。



「顔の傷、残らないといいけど……さて、父さんは遅くなりそうだからさっさと夕飯を作って食べましょうか。レニ、今日のことは誰にも話しちゃダメよ」


「……わ、わかったよ。誰にも話さない」



 それから何事もなかったように数日が経ち、村人全員が広場へと集められた。

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