第2話 『森の魔女』

「ごめん、待たせたね。それじゃあ行こう!」



 木に声をかけると横から見えていた鞄が動き出し――鞄を肩からかけた少女がおずおずと出てくる。


 こうして見ると背は俺と同じくらいか、なら歳も一緒かもしれないな。女の子は男よりも先に背が伸びる、これはこの世界でも一緒だからな。



「あの、その傷……ごめんなさい」


「ん? あぁこれか、君のせいじゃないよ。そんなことより薬をもらってきたんだ! 早くお婆さんに届けよう!」


「う、うん!」



 森に入ると、時折聞こえてくる木々のざわめきが不安を掻き立て、次第に少女の足取りは速くなっていった。

 そして……俺の足も伝説の魔女に会えるかもしれないという期待で速くなっていた。


 しばらく進むと小さな家が見え少女が走り出した。後を追いかけると少女は家の扉を礼儀正しく静かに開ける。その向こうでは何の変哲もない普通のお婆さんが驚いた様子でこちらを見ていた。



「おばあちゃん! 動いて大丈夫なの?!」


「おぉ、どこへいっとったんじゃ。少し眠っとる間にいなくなったと思ったら……おや、そちらの少年は」


「突然お邪魔してすいません。その子にお婆さんが熱を出したって聞いたので薬を持って来たんです」



 この人が魔女? どこからどうみても普通のお婆さんのようにしか見えないが……いや、今日はたまたまで普段は家の中で奇妙な笑い声をあげながら何かを混ぜているのかもしれない。



「……リリア、村に行ったのかい」


「……ご、ごめんなさい」



 なんとなく約束を破ったような不穏な空気が流れている。他所よそ様の事情に首を突っ込む気はないが少女のフォローだけでもするべきだろう。

 村に行くのが悪いことなのかは知らないが、少女はお婆さんのためを思って動いたのだ。



「あ、あの~お節介ですがその子を責めないであげてください。お婆さんの心配をしただけなんです。俺がいるとまずいようなら薬を置いてすぐに出ていきます、村の人たちにもこのことは一切話しませんから」


「ふむ……リリア、水を汲んできとくれ。大丈夫、そんな顔せんでも怒ってないよ。それに一眠りしたらだいぶ良くなったからね。さてと、お前さんには気を遣わせたようじゃな。礼といってもお茶くらいしか出すことができんが入っておくれ」


 おっ、なんか知らんが許してもらえた? しかも伝説の魔女の家に招待されただと。やっぱり人助けはするべきだな!!

 心の中でガッツポーズをする俺をよそに少女は外へ出ていく。


 そして、ついにそのときがやってくる……お婆さんは鼓動が高鳴る俺を家の中に招きいれると扉を閉めた。

 ここが伝説の魔女の家……そこには奇妙な笑い声をあげながら何かを混ぜる壺もなければ、見たことのない草や液体の瓶が並べられた棚もない。


 どこにでもあるごく普通の家具や食器が並び、まるで実家のような安心感を彷彿とさせた。それっ魔女ぽいものがないか物色するわけにもいかないため、おとなしくお婆さんに案内されテーブルの椅子へと腰掛ける。



「面倒かけてすまんかったのぅ、今お茶を淹れるが……子供にはちと早いかもしれんか? ほっほっほっ」


「いえ、ありがとうございます。そうだ、忘れないうちに――これ、熱用の薬です」


「そうじゃったそうじゃった、それで代金はいくらじゃ?」


「あぁ、俺が勝手にやったことなので気にしないでください」


 伝説のためならこのくらいお安い御用ですよ!


「そうは言っても……色々とすまんのぅ。ところでお主、見た目のわりにしっかりしとるようじゃが何歳いくつになるんじゃ?」



 あ、やべ! お婆さん相手だからって丁寧過ぎたか。まぁ、さすがに中身前世は38のおっさんですなんて言っても、誰も信じないだろうけどさ。



「10歳になります。これ口調は親のしつけが厳しかったものでして」


「そうか、最近の子にしては珍しいと思っとったが。ほれ、口に合うかわからんが冷めないうちに飲んどくれ」



 怪しげな笑みを浮かべながらお婆さんはお茶を差し出す……待てよ、俺は毒を盛られるのか? 伝説の魔女なら自分の存在を隠すためにきっと――――仕方がない、飲もう! 伝説のお茶が最後になるかもしれん、しっかり味わうべきだ!



「うっ……!? うわぁ、これ美味しいですね。村で飲んでいるのとも少し違うような」


「ほう……あんた、これがわかるのかい」



 ニヤリとするお婆さんにもちろんとばかりに目線を返しもう一口啜る……うん、とても美味い。そんな余韻に浸っていると後ろの扉が開かれた。



「おばあちゃんお水汲んできたよ――あっ、私もそれ飲みたい!」


「お~ご苦労さん。ほれ、あんたの分もいれるから座りんしゃい」



 少女は返事をするとお婆さんの隣に座り、俺と目が合うと何やら気まずそうに言葉を発した。



「あの……さ、さっきはありがとうございました」


「気にしないで、そういえば自己紹介がまだだったね。俺はレニ、君の名前はえーっと……リリアちゃんでいいのかな?」



 それを聞いた瞬間、少女はハッとして隣でお茶を淹れていたお婆さんを見る――お婆さんは無言のまま、笑顔でゆっくりと頷く。

 そして、それを見た少女は目を丸くしたが、お婆さんが再度頷くとすぐに笑顔へと変わった。



「わ、わ、私はリリアといいます……おばあちゃんとここに住んでいます! 10歳です! よろしくお願いします!」


「ほっほっほ、なんじゃその挨拶は。同じ歳なんだ、気楽に話しゃいいだろに」


「も、もうおばあちゃん……えっ、レニ君って同じ歳なの!? な、なんですか?」


「ははは、普通にしゃべってよ。同じ歳なら職業はもうもらった? 俺さ~実はまだ職業もらってないんだよねぇ。なんでも、生まれたときの素質が何もなくて、そのせいかもしれないって言われちゃってさ~笑っちゃうよね」



 この世界では生まれるとまず素質を調べる。そして10歳になると≪神の祝福≫を受け、素質にあった職業を授かる。


 素質というのは生まれ持ったその人の性質であり才能、もちろん全てが左右されるわけではないが、一つの大事な指針となっていた。職業をもらえば、それに付随するスキルや特性、魔法が使えるようになり、生活や冒険に大いに役立つ。


 だから俺も少しは(かなり)期待してたんだが、いざ受けてみると素質がないと言われ……。

 そんなことある? 素質がないって……俺が転生者だからという可能性もないわけではないが……。



「お婆ちゃん、それって前に言ってた――」


「そうじゃのぅ……≪神のきまぐれ≫かもしれんな」

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