181~190
霊感枕
夏は暑い。夜は寝苦しくてたまらない。しかしエアコンをつけるのは喉にくる。ので、幽霊をつかまえることにした。街灯の下で佇む白い服の女、ガードレールの花束のもとで佇む小学生、とにかく片っ端からつかまえて枕の中に詰め込んだ。こうして頭を乗せると何ともひんやりとして気持ちがいい。極楽だ。
地獄の花
ここは地獄である。足には鋭い針の山が突き刺さり、その倍の痛みを伴いながら体は元に戻る。そしてまた、針の山を進む。時折、足元に花が咲く。この花のあるうちは地獄から逃れられる。誰かが言っていた。この花は現世で死人を思う者がいるときに咲くのだと。この花には極卒ですら手を出すことはない。
深世海旅行
海底を歩いていると沈没船を見つけた。それ自体はよく見る物だが、この船は宇宙船だった。「いいもん見たな」言葉はあぶくとなって空を目指して昇っていく。観察していると肌の青い人に声を掛けられた「船を引き上げるのを手伝ってくれ」「うん、いいよ」こういうことがあるから深海旅行はたまらない。
歩く木、植わる人
木が歩いていた。「君、なんなんだい」聞いてみれば木はぐっと胸をはって答えた。「なんだいって、引っ越しだよ。植えられていた公園がね、埋め立てられるもんだから」「はあ、大変ですね」そういうこともあるだろう。見送りながら、僕は木の植わっていた跡に人間が立ち並ぶ光景を想像して少し笑った。
冬の夏
蝉の声が響き渡る。季節は冬、気象統括システムの故障である。日々じわじわと上がり続ける気温にドーム内の人間は悲鳴を上げる。「なんで蝉がいるんだよ。一応冬だろ設定は」「聞きたい奴が買ったんだろ」アイスを舐めながら友人は答える。旧時代の生物を模した機械の声にはひたすら辟易するばかりだ。
甘美
砂糖をたっぷりと含んだ、甘いコーヒーを飲み干す、残った砂糖をスプーンですくい、口にすれば至福の蜜が舌に乗る。甘さとは美だ。ベルニーニの彫刻を見よ。荒々しい男の指が食い込む柔らかな乙女の肢体、テレジアの生々しいまでの悦楽の表情。どれもが甘く、美しい。甘露したたる美こそが完全である。
手品のような
君は魔法って信じるかい。友人に言われて考える。「見たことがないな」そう答えれば友人は口を開く。「例えば君に『これは魔法だよ』って言ってコインを消してみたとしよう。君は魔法と思うか、手品と思うか」「魔法みたいな手品だと思うね」「そうかい」そう言って友人はぱっと目の前から姿を消した。
子守歌
額にキス。瞼にキス。頬に、唇に、首筋に、胸にキスを降らせる。彼女は私よりずっと柔らかな体をしならせてくすくす笑う。「くすぐったいわ」「静かに。君の鼓動が聞こえない」彼女の胸に耳をあてる。硬い歯車の音がカチ、カチ、カチ、と小さく聞こえてくる。私にはそれが、心地よい子守歌に聞こえた。
風邪の記憶
風邪をひいた。脳みそはぐらぐらと茹だるようで、喉の奥に毬栗が詰まっているかのようだ。いくら咳を重ねてもすっきりすることはなく、ただ嘔吐感だけが増す。鼻の奥からは風邪の匂いが漂ってきて不愉快だ。しゃり、しゃり。林檎を剥く音が聞こえる。しかし私は一人。幼い頃の記憶から来る幻聴である。
誰に恋する
彼女のヴァイオリンは妖精の舞うようだった。仔馬の跳ね躍るようなピッツィカート、溶けるバターのように滑らかなグリッサンド。そのどれもが美しい。私は彼女に、彼女のヴァイオリンに恋している。もしも彼女が弾くことをやめたなら、私は彼女のことを忘れ、また別のヴァイオリンに恋をするのだろう。
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