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テーマ「一枚の絵を買った。」
揺れるカーテン、揺れる花
一枚の絵を買った。白い部屋に一つ、白いレースのカーテンがかかった窓の描かれた絵だ。自宅の使っていない部屋にイーゼルにかけて飾る。その前に椅子を一つ置いて、座って鑑賞。見ていると描かれたカーテンが、風に揺れるかのようにふわりと動いた。隠された窓の向こうには黄色な花畑が広がっていた。
小鳥、連れ添いながら
一枚の絵を買った。木の枝に、白い鳥が一羽とまっている絵だ。背景の青い空によく映える、美しい鳥だった。その絵を自宅の廊下に飾る。その絵の前を通るとき、心が和やかになるのを感じる。ある日見てみると、鳥が二羽に増えていた。おや、と思っていると、二羽の鳥は連れ立って飛んで行ってしまった。
水辺の女、魅了の怪
一枚の絵を買った。裸体の女がこちらに背を向け、湖のほとりで髪を絞ってる絵だ。真珠のような肌の色と長い黒髪に惹かれて手にいれた。飾られたその絵を見るたびに、この女が振り向いてくれればと思うようになった。女はどんな顔をしているか。あれこれ夢想している内に、私はいつの間にか死んでいた。
消える果物の謎を追え
一枚の絵を買った。果物の盛られた籠の周りで人々が談笑している絵だ。果物の瑞々しさと、人々の朗らかさに私も笑顔になる。だがその絵を目にするたび、果物が減っているのだ。絵の人が食べたのか、まさか。と思っているとゴリラが一頭、絵のふちから現れて林檎を持っていった。どこから来た、ゴリラ。
木々より根ざすもの
一枚の絵を買った。生い茂る木々の枝葉の合間から、幾筋もの光が射しこんでいる絵だ。息を吸い込むと、湿った土の匂いやひんやりとした木の幹のザラザラとした感触が伝わってくるようだった。この絵によく似合った木の額縁に飾ってしばらく、どうやら絵は壁にしっかりと根を張ってしまったようだった。
不動の山、ゆらぐ水面
一枚の絵を買った。大きな山が湖に映っている絵だ。冬に向かいつつある山は麓に見事な紅葉を残しながらも、山頂には白く雪がかかっている。ある日、つまづいて絵に肩をぶつけてしまった。慌てて戻そうとしたら、絵の湖面がゆらゆら揺らいで止まった。もう一度揺すってみたが、絵は止まったままだった。
少女微笑
一枚の絵を買った。一人の少女が、薄暗い部屋の中で椅子に座ってこっちを見ている絵だ。白いワンピースに黒い髪がストンと落ちているのがひどく印象に残る。その表情は絵の暗いせいでよく分からない。無表情でいるようだ。日が沈んできたので部屋に明かりをともす。途端、少女が微笑んだように見えた。
そして水の底は遠くなる
一枚の絵を買った。一人の女が水の底へと沈んでいく絵だ。柔らかく水中に広がる金の髪と、ぼうと空を見あげるオニキスのような瞳が私の心を捉えたのだろうか。じっと見ているとなんだか涙が出てきた。そうか、この女は涙の海に沈むのだ。この絵を見た人間たちの涙が、この女を深い水の底へと誘うのだ。
いつか光の彼方へ
一枚の絵を買った。遠い北の国のどこか、オーロラの輝く美しい絵だ。幾重もの光のカーテンが、赤に、緑に色づいて、あたりの山々を照らしている。病室から動けない私の周りを様々な絵が囲んでいるが、この絵は特別だった。いつしかこの命が途絶えたとき、空を飛んで、北の国へ行くのが待ち遠しかった。
私じゃない私
一枚の絵を買った。私の姿を描いた肖像画で、古いライティングデスクに手をかけて立っている絵だ。しんなりとした線に、随分となよやかさが強調されていて、なんだか私じゃないみたいだと思った。それとも人から見た私はこんな感じなのか。「なによ、私みたいな顔して」突然、絵の中の私が口を開いた。
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