第336話
倉庫でのアクシデントはお互いの注意不足という事にして、二人はひとまず外に出た。
それからグラウンドで分かれ、それぞれの作業に戻る。
涼太はグラウンドで外装の調整を行い、屋台の設営に励む。
紗千夏は教室に戻り、飾り付けを手伝った。
戻って来た紗千夏の様子に違和感を覚えたのはなゆた一人。
涼太と共に行動していた事は把握していたので、恐らく彼絡みだろうと判断して追及は見送った。
次に二人が顔を合わせたのは全ての準備が終わり、涼太が荷物を取りに戻った教室だ。
なゆたは用事があるとひと足先に帰っている。
「天城も帰る感じか?」
「部活出来ないしね」
「体育館、使えないもんな」
「明日も明後日もお預けだよ。練習したい時期なんだけどね」
新人戦を控えた紗千夏にとっては貴重な練習時間だが、こればかりはどうしようもない。
「えっと、じゃあ帰るか」
「……うん」
教室を出るタイミングが同じで、帰る方向もほぼ一緒の二人だ。
一緒に帰らなければいけないワケではないが、あえて別々に帰る必要もない。
気まずいという理由はあるものの、ここでそうするのは意識しすぎているような気もしてしまう。
結果的になんとなく、流されるように二人で帰る事にした。
まだ準備の終わっていないクラスも多く、廊下は騒然としている。
そんな中を邪魔にならないように歩き、昇降口を目指す。
「あ、天城先輩、お疲れさまっす!」
「お疲れー。清水んとこ、まだ準備終わってないの?」
「そうなんですよー。先輩んとこは終わった感じです?」
「うん。だからもう帰る」
「いいなぁ。うちのとこなんて間に合うかどうかわかんないですよ」
「頑張れ。時間あったら遊びに行くからさ」
「時間あったらじゃなくて、絶対来て下さいよー」
「わーかったから。ちゃんと行くって」
じゃれついてくる後輩に紗千夏は笑って答える。
その女子生徒には涼太も見覚えがあった。
夏休みの練習試合の時に、紗千夏と一緒に行動していたうちの一人。
彼女もまた、涼太の事は認識している。
練習試合の時から始まり、校内でも何度か見かけていた。
一人の時も、友人といる時も、そして紗千夏とこうして一緒にいる姿も。
紗千夏は知らないが、女子バスケ部の間ではまことしやかに囁かれていた。
在原涼太と密かに付き合っているのではいか、と。
今のところはっきりとした証拠はないが、よく二人でいるところは目撃している。
基本的に男女関係なく、誰とでも気兼ねなく話せるのが天城紗千夏だ。
だから別に男子生徒と話をしていたり、一緒に行動していてもそれほど違和感は覚えない。
だが、在原涼太はなにかが違う。
彼といる時の紗千夏は、他の誰かといる時とは違う気がする。
誰一人として正確に言語化は出来ていないが、それが女子バスケ部の中では共通の認識となっていた。
そんな事情があるので、清水と呼ばれた後輩はついジッと涼太を見てしまう。
涼太はその視線にどうしたものかと居心地の悪さを感じていた。
「どした清水? ん? あー」
後輩の視線が斜め前にいる涼太に向いている事に紗千夏も気付く。
「会った事あるっけ? クラスメイトの在原」
「チラッとだけ。ども、一年の清水です。バスケ部の後輩で」
「あー、うん。えっと、在原です。よろしく……」
「はい。こちらこそ、在原先輩」
なんとなく紹介した紗千夏だが、二人の間に流れる微妙な空気に気付き、失敗したかもしれないと後悔する。
紹介するよりサラっと流して解散するべきだった。
後輩たちが涼太の事について邪推しているのは、紗千夏もなんとなくだが感じていた。
出来る限り接点を作らない方が良かったと、そう思う。
が、後の祭りだ。
「在原先輩も帰る感じです?」
「そう、だけど……」
「……ですよねぇ」
あえてその先に続く言葉は呑み込み、清水は紗千夏に視線を戻す。
しかし紗千夏にもなにも言わず、ふっと笑みを浮かべた。
「じゃ、私まだ準備あるんで。明日、絶対来て下さいよ」
まるで何事もなかったように手を振り、清水は教室へと戻っていく。
明らかに在原涼太という存在に興味を示しながらも、追及はやめておく。
それが逆に意味ありげに思えて、二人の間に流れる気まずさが一層色濃くなった。
清水に悪気はなく、むしろこれ以上邪魔をしないようにと気を利かせたつもりだ。
彼女の態度にあった含みは、もちろん二人にも伝わっている。
「先輩って立場も大変そうだな」
「ん? まぁ、うん」
もともとあった微妙な空気を更に引っ掻き回され、どうしたものかと涼太は頭を掻く。
紗千夏もそれは同じで、意味もなくスマホを取り出して画面を眺めていた。
「とりあえず、行くか」
「そしよっか」
立ち止まっていても埒は明かず、また別の後輩に声を掛けられないとも限らない。
まずは外に出ようと問題や空気を棚上げし、二人は靴を履き替えて外に出た。
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