第334話

 さらに数日が経過し、文化祭の前日。

 授業は午前中で終わり、午後からは文化祭に向けた最後の設営が始まっていた。

 校舎はみるみるうちに様変わりしていき、普段とは違う雰囲気に包まれていく。

 そんな中、運動着姿の涼太は急いだ様子で職員室から出る。

「っと、なに? どしたの在原?」

「おぉ、天城か。悪い、ちょっと急いでて」

 廊下に出た直後、職員室前を通りかかった紗千夏とぶつかりそうになった。

 彼女も涼太と同じように運動着を着ている。

「なんかあった?」

「それがさ、グラウンドで屋台の設営してたんだけど、どうも寸法が合わなくて」

「あれ、ちゃんと確認してなかったの?」

「してたよ。でも、届いたやつが違うタイプっぽくて」

「あー、それで職員室に来てたワケか」

「あぁ。業者さんの手違いらしいんだけど、今からじゃ交換も難しそうでさ」

「うわ、マジ? どうすんの?」

「外装なしでもやれない事はないだろうけどな。でもそれじゃなんかアレだろ?」

「まぁねぇ。で、どうすんの?」

「そこは先生と相談してきた。今から手直しする。時間的にもギリいけそうだし」

 寸法が違っていると言っても、数十センチ単位でズレているワケではない。

 そのままでは取り付けられないが、手を加えれば対応可能な範囲だ。

 ただし、問題になるのは改修するための資材。

 他よりも先に屋台の外装が完成していたので、余った資材は別に使ってしまっている。

 まずは改修するための資材を確保しなくては始まらない。

「でさ、相談したら他のクラスの余ったやつとか、去年までの古いやつとか、倉庫に資材として置いてるらしくて」

「今から取りに行く感じ?」

「あぁ」

 涼太は借りてきた倉庫の鍵を紗千夏に見せる。

「あたしも行っていい?」

「手伝って貰うほどたくさんは持ってこないけど」

「ん、そこじゃなくてさ、倉庫とか普段覗けないじゃん? だから見学に行こうかなって」

 資材置き場となっている倉庫はグラウンドをぐるりと回った裏手。

 ほとんどの生徒が近づく事なく、三年間を迎えるような場所だった。

 紗千夏が野次馬的興味を抱くのも頷けると、涼太は苦笑する。

「いいけど、暇なのか?」

「バスケ部の方、今終わったとこ」

 なるほど、と涼太は頷く。

 教室から離れた一階にある職員室前で出くわしたのは、体育館から戻る途中だったからだろう。

「ま、ちょっとくらいいいじゃん。だから行こ行こ」

 紗千夏は笑って誤魔化し、涼太の背後に回り込んで背中を押す。

 準備に問題があるのは主に屋台の方なので大丈夫だろう。

 涼太はそう考え、紗千夏と共に倉庫を目指す。

 歩き慣れた廊下を進み、昇降口で靴を履き替える。

 それからグラウンドに出た涼太は、スマホで設営組の武田に連絡を入れた。

 自分一人で資材は運べるので、そのまま準備を進めておいて貰う。

「おー、どこも形になって来てるじゃん」

「大なり小なりトラブルはあるみたいだけどな」

「ま、設営の練習は出来ないもんねぇ。でもそのトラブルも含めて文化祭って感じじゃん?」

「確かに」

 お祭りが始まる前の独特な気配の中を二人で歩く。

 教室や廊下もそうだが、グラウンドの非日常感はひと味違う。

「去年はこんなのんびり出来てなかったなぁ。うちのクラス、準備がギリギリもいいとこでさ。在原のクラスはどうだった?」

「あー、かなりグダグダだったと思う、たぶん」

「そっちもか。今年は順調で楽出来そうだったのに、運が悪かったね」

「こればっかりはな」

「てか、思うとかたぶんとか、グダグダすぎて思い出したくない感じ?」

「ん? いや、そうじゃなくて……思い出せないって言うか、あんまり印象に残ってないんだよな」

 照れくさそうに頭を掻きながら、思い返すように話す。

「去年のこの時期はさ、文化祭どころじゃなかったし。ほら、親の再婚とかで」

「あー、そっか」

 それを聞いた紗千夏は納得して頷く。

「この時期だったっけ」

「あぁ。で、一人暮らしの事も考えてたから」

 精神的に余裕がなかったんだ、と涼太は苦笑いを浮かべた。

 一人暮らしを検討するほど悩んでいた事を知っている紗千夏は、もう一度そっかと頷く。

 しんみりとした空気が漂いそうになる中、紗千夏はクスっと笑った。

「って事は、在原と話すようになってもうすぐ一年なんだ。なんか驚く」

「十二月になってから、だったよな?」

「だね。確か最初は肉まん買った気がする」

「……思い出した。五つくらい買ってたよな?」

「言っとくけどそれ、弟の分も含まれてるから。あたし一人で食べたワケじゃないから」

「あぁ、そうだったのか」

 紗千夏なら夕飯の前に肉まんの五つくらいなら平気で食べそうだと、そう思える。

 その考えが顔に出ていたのだろう。

 紗千夏は不満げに涼太の肩を小突く。

「悪かったって。でも、一年か……確かに驚くなぁ」

「ね。一年前なんて話した事、たぶんなかったし」

「お互い、顔は知ってるかなくらいだよな」

「そうそう。いやホント、変な感じ」

 本格的に話すようになったのは今年に入り、クラスが一緒になってからだ。

 出席番号順で席が並んでいたからというのも大きい。

「もし在原がバイトしてなくてさ、それでクラス一緒になっても、こんな風に話してたかな?」

「どうだろうな。席が近いから、挨拶くらいはしてたと思うけど」

 いざ想像してみると、かなり微妙に思える。

 バイトをしていたからこそ紗千夏は興味を持ち、涼太も事情を話す事になった。

 母親の再婚に伴う同居で、どうしても馴染めなかった事。

 それを話したからこそ、近づいた距離もある。

 事情を話さずにいたのなら、ここまで仲良くはならなかったように思えた。

「そう考えるとやっぱ、変な感じする」

「ホントにな」

 紗千夏の無邪気な笑みに涼太も笑って応える。

 もしかしたら、これが縁というものなのかもしれないと、そう思いながら。

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