第333話

 バイトに加えて文化祭の準備という日々は、あっという間に過ぎて行った。

 他にも久音の実母の命日などもあり、慌ただしい日々が続いている。

 文化祭まであと数日。

 開催日が近づくにつれ、学校の雰囲気も浮き足立ち始めていた。

 放課後でも多くの生徒が残り、教室や廊下で作業をしている。

 順調に用意が出来ているクラスもあるが、多くはやや遅れ気味だ。

 涼太たちのクラスは順調に進み、たこ焼きのメニューもそれぞれの役割も決まっている。

 屋台に必要なものも完成間近で、もう終わりが見えていた。

 たこ焼きを作る練習も予算的にこれ以上はやらないので、全員が放課後に残ってやるほどの作業はない。

 バイトや一人暮らしの事を考慮し、クラスメイトは涼太に無理をしなくてもいいと言ってくれる。

 だが涼太は可能な限り、放課後の準備に参加していた。

 部活などもやらない涼太にとって、日が暮れるまで学校に残る経験はあまりない。

 文化祭の雰囲気だけでなく、放課後の独特な空気に高揚感があった。

 その中にまだ身を置いていたいと、つい思ってしまう。

「在原、これちょっと持って」

「宣伝用の看板か? 首から紐で下げる事にしたのか、これ?」

「そ。理想はたこ焼きの着ぐるみで持たせたい」

「そんなの作ってる余裕ないだろ、さすがに」

「まぁね。もっと早く気づいてればなぁ、残念」

 仮に提案したとしても、まず間違いなく却下されただろう。

 涼太はそんな事を考えつつ、受け取った看板を首から下げてみる。

「これさ、手で持ち上げるより低すぎて遠くからじゃ見えなくないか?」

「そっちはそれ用に作ってるから問題なし。こっちは歩き回って目立つためのやつ」

「……歩かされるやつは可哀そうだな」

「誰かの恥ずかしさより宣伝優先ってね。あたしはどうせやらないからいいし」

「それを言ったら俺もだけどさ」

 涼太は調理担当で、紗千夏はデリバリー担当。

 今この場にいないなゆたも調理担当なので、恥を掻くのは別のクラスメイトだ。

「とりあえずありがと。これで行けそうってわかった」

「……それはいいけど、なんで今写真撮った?」

「気のせい気のせい」

「めっちゃスマホこっち向けてただろ。消せよ」

「そんなちっさい事気にしないの。ほら、看板返して」

「……ったく」

 恥ずかしい看板を首から下げた姿を撮影された涼太は、満足げな紗千夏をジト目で見る。

 紗千夏は看板を受け取ると、それを壁に立てかけた。

 シャツが汚れないようにと上げていたジャージのジッパーを下ろし、紗千夏はグッと身体を伸ばす。

「これで設営までは部活に専念出来る感じか?」

「ん? あー、どうかな。他にもやる事あるなら手伝うし。在原もそんな感じでしょ?」

「まぁな。でもほら、俺は時間あるし。まだ大会、続いてるんだろ?」

「うん。この前やったのはウィンターカップの予選で、今度は新人戦だから」

「残念だったな、そのウィンターカップってやつ」

「ま、チームの腕試しみたいな感じだったから。うちの三年は引退してるけど、そうじゃないチームも多いし」

 先週行われたウィンターカップは三年生も出場出来る大きな大会だ。

 二年生を中心とした新チームで挑む初めての大会だが、三年生がいるチームが相手ではまだどうにもならない。

 紗千夏以外の部員も真剣に練習し出したと言っても、まだまだ発展途上。

「一回戦突破出来ただけで十分。新人戦に向けて、いい経験になった感じ」

「本命はそっちだもんな」

「うん。おかげでチームとしての課題も見えたし、新人戦はいいとこ行けるかも」

「楽しみだな」

「なに、応援来てくれるワケ?」

「ん? あー、タイミングが合えば考えなくもない」

「あれ、マジ? 冗談のつもりだったんだけど」

「ちょっと興味あるしな」

 球技大会で紗千夏の試合に見惚れたのは涼太も同じだ。

 新しいチームがどんな風に試合をするのか、お世辞ではなく気になっていた。

「ま、じゃあタイミングが合ったらって事で」

「あぁ。練習、頑張れ……って言うまでもないよな」

「うん。でもま、ありがと。お気持ちだけ頂いておきますって感じ」

 紗千夏は歯を見せて笑い、涼太の胸板を拳で小突く。

「よっし、それじゃこれ片づけてくるかな」

「なら俺が持ってくよ」

「いいって別に」

「どうせ暇してるから」

 遠慮する紗千夏にそう言って、涼太は看板を持つ。

「そ? ならテストって事で、首から下げて貰おっかな」

「悪い、それは許して」

「いいじゃん。ほらほら、ちゃんと首にかけて!」

「あ、ちょっ、マジかよ……」

 こんな事なら手伝うと言わなければ良かったと後悔しつつ、涼太は紗千夏と共に歩いた。

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