第332話

「シュートで景品って、野球とかサッカーでやってる感じのやつ?」

「どうだろ。バスケはゴール一つしかないし」

「あ、確かに。じゃあ何本決めたかってルールか」

「たぶんそうなる。てか、決まってないんだよね、細かいルールとか景品」

「あぁ、だからまだ秘密にしてたのか」

「……微妙に違うけど、まぁ」

 どこが違うのかは明かさず、紗千夏はようやく大人しくなったなゆたを解放する。

 自由になったなゆたは紗千夏を一瞥しただけで、特になにも言わない。

「とにかく一年がやりたがるからさ、申請はした感じで。出来るだけ準備がいらない出し物にしようって話し合ってるとこ」

「それでユニフォームで応援なのか?」

「まぁ、着替えるだけだし。あたしはどうかと思ってるよ? でも一年がさぁ」

「意外だな。天城はもっとこう、そういうのは積極的かと思ってた」

「普通ならね? でもユニフォームで応援とか、意味わかんないし。試合ならまだしもさ」

「一理あるな。でもま、コスプレとかするよりマシって思えばいけるだろ」

「まぁね。実際、そういう案もあったし。当然却下したけど」

「なんだ、却下したのか」

「なに? 在原コスプレ見たかった?」

「別にそうでもないけど。話題にはなったんじゃないか?」

「……やっぱ無理。衣装用意する予算とかないし。変な恰好させられたくないし」

 一年生が提案した衣装の中には、定番のようなメイドやら執事やらもあった。

 だが数を揃えられるワケでもなく、そんな衣装で体育館に立ちたくはない。

 ただでさえ最近は煩わしい事も多いのだから、可能な限り普通に済ませたいのだ。

 変な恰好をさせられたくない、という言い方に紗千夏の本心が詰まっている。

「コスプレ用の衣装なら、知り合いに頼めば用意出来るけど」

「余計な事言わなくていいから」

「気を利かせたつもりだけど」

「気を利かせるポイント、なゆたズレすぎ」

「……そう」

 出来るかどうかを言っただけなので、なゆたはすぐ引き下がる。

 他の女子バスケ部員に今の話をすれば喰いつくだろうが、紗千夏の機嫌を損ねるのは確実なのでやめておく。

 涼太もこれ以上はしない方がいいと感じ、別の話題を持ち出す。

「文化祭って言えば、アレ、結局どうするんだ?」

「アレ? って、あー、ミスコン?」

「そうそれ。いろいろ話、来てるって聞いたけど」

「ま、話はね。でも出るワケないじゃん。あたしがミスコンって、バカすぎ」

 柄ではないと面倒くさそうに紗千夏は顔をしかめる。

 文化祭で行われるミスコンは基本的に推薦で参加者が選ばれる。

 エントリーするには本人の承諾が当然必要となるが、紗千夏は全て断っていた。

 クラス代表としてのエントリーはもちろん、十名の推薦者がいれば個人でもエントリー出来る仕組みだ。

 球技大会で話題になった紗千夏に対する興味は、未だに続いている。

 クラスでは紗千夏の意思を尊重してエントリーは見送ったが、個人で推薦しようとしてくる生徒は多かった。

 紗千夏が鬱陶しいと感じるのも仕方がないほどに。

「もっといるじゃん、相応しい女子がさ。なゆたなんて特にそう」

「私?」

「うん。ホストっぽいスーツで男装でもしたら、女子ががっつり喰いつくでしょ」

「それ、紗千夏がやっても同じだと思うけど」

「一緒にすんな。なゆたの方が絶対似合うから、マジで」

 自分の容姿を客観視出来ないなゆたは首をひねり、意見を求めるように涼太を見る。

 面倒になるからこっちを見るなとジェスチャーするが、同じように紗千夏も視線を向けてきた。

「天城も空木も、どっちも似合うだろ。男装してもしなくても」

 二人の男装姿など想像した事のない涼太だが、似合うだろうと素直に思ったのでそう答える。

 が、二人は特に喜ぶでもなく、むしろ白けたような顔でため息を吐く。

「優柔不断」

「なんでだよ」

 見事に声を揃えて非難された涼太は顔をしかめる。

 本当にそう思ったのだから他に言いようがないだろう、というのが涼太の言い分だった。

 もちろん二人がそれで納得するワケがない。

 もしこの場にアイカや久音がいたら、同じように優柔不断と言っただろう。

「と、とにかく、出るだけ出てもいいと思うけどな」

「あたしを笑いものにしたいワケ?」

「なんでそうなるんだよ。天城も空木も、出てもおかしくないって話だ」

「ふぅーん」

 疑うように目を細めて紗千夏は涼太を見る。

 だが実際はその言葉に少なからず心を躍らせていた。

 ミスコンにエントリーしてもおかしくないと、そう見られていると思うと悪い気はしない。

 かと言ってエントリーするつもりにはならないが。

 これといって自信があるワケでもなく、興味もない。

 なによりミスコンに出るなら着飾ったり化粧をしたりと、普段やらない事も必要になる。

 そういう事を含めて、どこか恥ずかしいと感じるものがあった。

 結局は柄じゃない、という単語に落ち着く。

「なら、在原は男子の方で出たら?」

「は? なんで俺が……」

「在原がそっちに出るなら、あたしも考えるけど?」

「……それ、ズルいぞ」

「公平なだけ。ズルくない」

 ぐうの音も出ない正論に涼太は思いきり顔をしかめた。

 他人にエントリーを勧めるのなら、自分もエントリーすべき。

 そんな正論に涼太は、この話はもうやめようと降参するしかなかった。

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