第331話
「涼太、そっち高くね?」
「んー、かも……ちょっと誰か、スマホで水平になってるか見てくれ」
武田と共にベニヤ板を支える涼太は、クラスメイトに向けて声を掛ける。
「このアプリでいい?」
「あー、それそれ。板の上に乗っけて見て」
「わかった」
近くにいたなゆたがいち早く反応し、インストール済みの傾斜測定アプリで水平かどうかを確かめる。
「在原、二ミリ下げて」
「二ミリって……えっと、どうだ?」
「……そこで止めて。うん、問題ない」
「じゃあペンで印を……」
「付けた。もういい?」
「さすがだな。助かったよ空木」
「サンキュー空木」
涼太と武田にお礼を言われたなゆたは軽く手を上げ、自分の作業に戻る。
涼太たちもそのままベニヤ板を固定してしまう。
「にしても空木、組み立て班じゃないのにあのアプリ、入れてるんだな」
「在原が使ってたから、念のため備えておいただけ」
「先読みしてたか。いやホント、助かったよ」
特に嬉しそうな顔はせず、なゆたは作業を続ける。
授業が終わり放課後になった教室は、文化祭に向けた準備の真っ最中だった。
必ず全員が参加しているワケではなく、手が空いている人が率先してやる事になっている。
涼太はバイトがない日はこうして、積極的に参加していた。
なゆたも他にする事がないので、ほぼ毎回参加している。
男子は主に屋台の外装作りを担当し、女子は看板やメニュー表、飾り付けといった部分が担当だ。
イラストが得意な生徒は宣伝用のチラシやポスターを描いている。
「お、やってるね。あたしも手伝うよ」
「天城、部活終わったのか?」
「今日は軽めにね。部員もクラスの手伝いしなきゃだろうし」
普通のジャージに着替えて戻ってきた紗千夏は、荷物を教室の端に置いて袖を捲る。
「試食の日じゃないけど」
「なゆたうるさい。あたしを試食だけの女扱いしないで」
「ならこっち手伝って」
「素直にそう言えっつーの」
軽くなゆたの背中を小突き、紗千夏は隣に座り込む。
なゆたが作っているのは宣伝用の手持ち看板だ。
「なんかかたっ苦しくない? お祭りなんだから、もっと弾けたデザインで行こうよ」
「わかりやすさが重要だと思うけど」
「大丈夫だって。わかんないなら説明すればいいんだし」
「二度手間……別にいいけど」
当日に看板を持って練り歩くのは自分ではないので、なゆたは気にせず紗千夏の意見を採用する。
どちらの意見もわからなくはない涼太は、余計な口出しは控えておいた。
「部活、いいの? 大会、二つも控えてるのに」
「ま、本音を言えば部活に集中したいけどね。でもこっちはこっちで大事でしょ。一年生なんて初めての文化祭で勝手がわかってないだろうしさ」
「そこまで考えてたんだ、意外」
「部長舐めんなよ?」
なゆたの軽口に答える紗千夏は笑っている。
大会を控えて部活に集中したい時期だが、こういう忙しさは楽しいと思えるタイプだ。
そんな二人の様子に涼太は苦笑する。
「大会が近いんじゃ、バスケ部では出し物とかしない感じか?」
「ん? あー、それはね、うん。まぁ、いいじゃん?」
何気ない涼太の問いかけに対し、紗千夏は露骨に誤魔化す。
いくら涼太でもその不自然さには気付く。
「なんかやるのか?」
「あたしは別にやらなくてもいいと思ってますよ? でもほら、一年とかがさ、やりたがるワケでさ?」
「あぁ、やっぱなんかするんだな。もう決まってる感じか? なにするんだ?」
「別に別に。全然大した事とかしないから、うん」
「なんだよ、秘密か?」
「秘密って言うか、まぁいいでしょ。それより仕事仕事っと」
露骨に涼太の方は見ず、紗千夏は無意味に看板をいじくり倒す。
文化祭の出し物は基本的にクラス単位でやるものだが、部活単位でも申請すればスペースなどを貰える。
女子バスケ部であれば比較的簡単に体育館の一部を使えるので、そこでなにかをする事が多い。
もちろんクラスの方を優先する生徒も多いので、部活の出し物は大掛かりにはならず、やらない部活も多かった。
人数が多い運動部や文化部は積極的に参加するが、そういう意味で女子バスケ部は消極的になる方だ。
しかし今年は女子バスケ部として、すでに申請済みであり、許可も出ている。
ほとんど準備の必要がない出し物なので、手間が掛からない。
それが逆になにをするのか、不明瞭にさせていた。
「空木、知ってるか?」
「あ、ちょっと! それ卑怯!」
紗千夏が教えてくれそうにないと踏んだ涼太は、隣にいるなゆたに話を振る。
今の反応はなゆたが知っているという事の証明だ。
「シュートでポイントを競う景品ありのゲーム」
「うおぉい! なにさらっとバラしてんの!?」
「隠すようなものじゃないし」
「そうだけど! そうかもだけど!」
なぜ詰め寄られるのか、と肩を掴まれたなゆたは首を傾げる。
話を聞いていた涼太も隠すような要素が見当たらず、ワケがわからなかった。
しかし紗千夏はやや頬を赤くし、明らかに動揺している。
「なに? ユニフォームで応援するところが恥ずかしい? それとも――」
「もう黙れ! このっ!」
手で口を塞がれたなゆたは、反射的に振り払いそうになるのを堪えた。
抜け出す事は簡単だが、紗千夏に手荒な真似はしたくない。
そもそも苦しくもないので、大人しく黙る事にした。
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