第330話

 我がままを言ってもいい。

 その言葉に久音は目を閉じる。

 思い返せば一年前。

 涼太との再会以上のプレゼントはないと思った。

 久音が思い描く人生において、一番困難な事が叶ったのだから。

 それ以上を望むのなんてきっと罰が当たる。

 再会出来ただけではなく、家族として一緒に生活する事も出来るというおまけつき。

 それはそれで多少なりとも問題はあるが、些細な事だ。

 涼太に会えないまま、ただ時間だけが過ぎて行くよりははるかにいい。

 会えないままでは可能勢はゼロのまま。

 ゼロの時間が長ければ長いほど、涼太は別の誰かを選んでしまう可能性が高くなる。

 一番不幸なのは、会えないままでいる事。

 次に不幸なのは、涼太が久音の知らないところで誰かを選んでしまう事。

 その二点が解消されたのだから、これ以上は望めない。

 そう思っていたハズなのに、今はどうして貰おうかと悩んでいる。

 贅沢にも程がある悩みだ。

「困りますね、まったく」

「なにが?」

「……いえ、なんでも」

「えぇ?」

 そんな風にはぐらかされるのは怖いと涼太は困ったように笑う。

 だが言えないものは仕方がない。

 たった一年で随分と強欲になったものだと、久音は自嘲する。

 と、自嘲したところで遠慮するワケではないが。

「ちなみに我がままとプレゼントは別、ですよね?」

 涼太の腕に肩を押し付けながら改めて確認する。

 その念押しに涼太は頷く。

「ちゃんと別で考えてるよ。去年は結局、なにもあげてないし」

「去年の分まで催促する気はありませんが、涼太さんがくれるというのなら」

「うん。こっちは俺の我がままみたいなものだから」

「はい。楽しみにしてますね」

「あ、その事だけどちょっといい?」

 せっかく話題になったのだからと、涼太は悩みを打ち明ける。

 なにか欲しい物があればリクエストして欲しい、と。

「それ、訊いちゃいます?」

「自分でもどうかとは思うよ? でも思い付かなくて。久音ちゃんが欲しがる物とか、さっぱりでさ」

 紗千夏の場合はバスケという取っ掛かりがあったので、涼太でも方向性を絞る事が出来た。

 しかし久音が欲しがりそうな物となると、これだという決め手がない。

 ゲームや配信用の物とも考えたが、そのあたりはセレナの方が詳しい。

 必要な物があれば自分たちで揃えてしまうだろう。

「意外にも涼太さんって私の事、知らないんですね」

「そうみたいだ。今になって気付いた感じ。だからさ、なにかない?」

 恥を承知で涼太は本人に尋ねる。

 文化祭の準備とバイトで、プレゼントを用意する時間は少ない。

 諸々の事情を考えて、これがいいと判断したのだ。

「渡すのは事前か、また後日って事になるけど」

「そこは別にどちらでも。涼太さんはあまりサプライズとかは気にしないタイプですか?」

「するのもされるのも得意じゃない、かなぁ」

「されるのも、ですか」

「イヤってワケじゃなくてね? もっとこう、穏やかにね、生きたい」

「穏やかに生きたい、ですか。さて、それはどうでしょうね」

「いや怖いって」

 悪戯めいた久音の笑顔は心臓に悪い。

「私は嫌いじゃないですけどね、サプライズも。まぁ、相手によりますが」

「だろうね……で、どう?」

「そうですね……なら、こうしましょう」

 枕をベッドに置いた久音はパンと手を叩く。

 プレゼントを開封する楽しみも悪くないが、欲しい物を買って貰えるのもいい。

 むしろこの場合、その方が都合も良かった。

「プレゼントは後日、一緒に買いに行くという事で」

「……一緒に? 買うところも?」

「はい。もちろんそれだけでは勿体ないので、その日は一日デートという事でお願いします」

 もしかして、と思った単語が本当に出てきた事に涼太は項垂れる。

 なんとなくこうなる気もしてはいた。

「そちらのデートを叶えて頂く我がままにしますから。問題、ありませんよね?」

「……本当にそれでいいの?」

「それ以上に望むものはありません……と言うと言いすぎですが、今回はそれで」

 満面の笑みを浮かべる久音の本気度がわかり、涼太はわかったと頷く。

「安心して下さい。高価な物を買って貰おうなんて思ってませんから」

「そうしてくれるとありがたいけど、遠慮しなくていいよ? バイトでそこそこ稼いでるからさ」

「涼太さんの場合、大切な生活費なんですから、普通は遠慮します」

「そうだけど……でも、余裕がないワケじゃないし。少しは俺もさ、恰好付けたいから」

 ちゃんとしたプレゼントで見栄を張りたい、という気持ちは涼太にもある。

 バイト代が全て生活費で消える事もないので、貯えもいくらかはあった。

「年に一回の誕生日だし、ね?」

「わかりました。楽しみにしておきますね」

「うん」

 ひとまず悩みが一つ解決したと涼太は安堵する。

 どんなプレゼントを要求されるかはわからないが、正解がわからないまま悩み続けるよりは気楽だった。

「では、そろそろいい時間ですし」

「そうだね。じゃあ、おやすみかな」

「はい。おやすみなさい」

 枕を元の位置に戻した久音はそのままベッドに潜り込む。

 さも当然のようなあり得ない一連の動きに、涼太は絶句する。

 が、すぐに我に返り掛け布団を剥ぎ取った。

「久音ちゃん、寝るなら自分の部屋でしょ?」

「今の流れなら自然に行けるかと思いましたが、ダメでしたか」

「うん、ダメだね。そもそも自然に行ける流れ、なかったよね?」

「マンションでは涼太さんのベッドをお借りしてますし、ここも同じでしょう?」

「違うよ、全然。いいからほら、ふざけてないで戻って」

 呆れ返る涼太に促され、久音は仕方なくベッドから出る。

「じゃあ、私の部屋で一緒にというのは?」

「おやすみ。あ、その前に歯磨きしないとか」

「そうですね。じゃあ、一緒に行きましょうか」

「……まぁ、それくらいなら」

 一緒に歯磨きをしなくてもいいが、あえて別々にするほどの理由もない。

 とにかく部屋から出す事を優先し、涼太は一緒に洗面所へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る