第318話
「よしよしその調子! 根性見せろ!」
まだ始まったばかりだと言うのに、すでに根性論で応援してくる紗千夏に涼太はコートの中で苦笑する。
体育館に移動した涼太たちは、三年生のクラスを相手に奮闘していた。
涼太たちは背番号の付いた赤いビブスを、三年生は青いビブスを着用している。
試合形式は前半後半と分け、それぞれ十分間ゲームを行う。
実際の試合と比べると、半分の時間だ。
前後半の間には二分間の休憩もあり、交代も自由に出来る。
正式なルールと違う点は試合時間と、ファールなどがあってもタイマーが止まらない点。
そして規定のカウント以内にシュートを打たなければいけない、というルールが適用されない点だ。
審判や点数をカウントする生徒はいるが、出来る人間は限られている。
厳密にやりすぎても混乱するため、単純化されていた。
「在原!」
名前と同時に飛んできたボールを受け止め、涼太はドリブルを始める。
試合が始まって二分。
点数はお互いに四点ずつ決めたところだ。
ポジションらしいポジションを決めたワケではないが、ドリブルが一番上手いという事でボールは涼太に集まる。
相手チームを含めたとしても、涼太は二番目か三番目にボールの扱いに慣れていた。
一番は当然、相手チームの男子バスケ部でスタメンだった生徒。
向こうも決めていたワケではないが、自然と涼太が彼とマッチアップする形になっていた。
「じっくり攻めてこ!」
まるで監督のような紗千夏の声が、コートの脇から飛んでくる。
男子バスケの応援に来ているクラスメイトは、試合を控えている女子バスケに出る生徒と他に二名ほど。
試合は他にも並行して行われているので、それなりに応援も賑わっていた。
そんな中にあってもやはり、紗千夏の声はよく通る。
不思議とその声は涼太をリラックスさせ、練習した通りの動きをさせてくれた。
フェイントからドリブルで切り込んだ涼太は、そのままレイアップを決める。
「ナイッシュー!」
手を叩いて喜ぶ紗千夏の声援に、涼太は一瞬だけ視線を向けて頷いた。
今のはまさに、汗だくになりながら練習した成果そのもの。
あの時間、そして紗千夏とのワンオンワンが存分に活きている。
その実感に涼太のテンションは上がり、集中力も増していた。
武田を始めとしたチームメイトもそんな涼太に釣られ、全員の動きが良くなっていく。
遊び半分、諦め半分で始めた一回戦だったが、前半の五分をすぎる頃までは有利に試合が進んでいた。
それは涼太の活躍もあるが、相手のやる気のなさに助けられている面も大きい。
向こうもそれほど真剣にやるつもりはないと、プレイから伝わってくる。
特にスタメン選手だった高柳の手の抜きようは露骨だった。
涼太とマッチアップをしてはいるが、ディフェンス時の腰が明らかに高い。
紗千夏を相手にした事のある涼太にとっては、ザルと言っても過言ではない。
そんなものか、と正直拍子抜けするほどだった。
「在原ぁ、もう一本!」
紗千夏の声援に答えるように、先ほどと同じ方法で涼太は切り込む。
が、今度はしっかりとディフェンスに付かれ、シュートを防がれてしまう。
すぐさまディフェンスに戻ろうとするが、それすら許されない。
あっという間にドリブルで全員が抜かれ、シュートを決められてしまう。
ボールを奪い、たった一人でシュートまで決めたのはもちろん、スタメンである高柳だ。
先ほどまでの手抜きが嘘のような、鮮やかなプレイだった。
「しゃーないしゃーない! 切り替えてけ!」
紗千夏の声援に応えたいところだが、先ほどまでのようには行かない。
フェイントをかけてもドリブルでは抜けず、パスを出すのが精一杯になる。
ゲームメイクをしていた涼太を封じられては、どうしても攻め手を欠ける形になってしまう。
ディフェンス面においても高柳のドリブルを止められず、外からもシュートを決められていった。
最初の数分間とは別人のようなプレイに、涼太は戸惑ってしまう。
「なぁ、在原って言ったっけ?」
「あ、はい」
パスを貰おうとしていた涼太は、不意に声を掛けられて驚く。
ディフェンスに付いている高柳が話しかけてきたのだ。
「お前、天城と付き合ってんのか?」
「え……えっ?」
「なんだ、違うのか?」
「ち、違いますよっ」
「そうは見えねぇけど……ま、いいか」
「え? あっ!」
いきなりの質問に混乱した涼太は、飛んできたボールをキャッチ出来ずに腹部で受け止める。
不意打ちで腹パンを喰らったような衝撃に動きが止まってしまう。
その間に高柳はボールを拾い上げ、ワンマン速攻で得点を重ねていた。
「わりぃ涼太、大丈夫か?」
「お、おう……こっちこそ」
先ほどパスを出した武田が涼太に駆け寄り、背中を軽く擦る。
「やっぱつえぇな、スタメンは」
「だな……でもま、やるだけやってみようぜ」
「そういうとこが涼太だよな。よしっ、次、決めてくぞ!」
背中を叩いてプレイに戻る武田に、涼太は笑みを浮かべて頷いた。
相手が上手いのは最初からわかっていた事だ。
本気を出されたからと言っても、全員がそうではない。
ならまだやりようはあるハズだ。
そう考えながら次はどう攻めるか、紗千夏との練習を思い出していた。
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