第319話
「お疲れ。いい試合だったよ」
赤いビブスを脱ぎ、タオルで汗を拭いながら戻って来た涼太たちを応援組が出迎えた。
「勝てたらもっと良かったんだけどな」
紗千夏にそう答えながら涼太はスコアを眺める。
ニ十分に及ぶ試合は思っていた以上にハードだった。
最終的に点差は開く一方で、お世辞にも接戦とは言えない。
もとより勝てる見込みは低かった試合なので、一緒に出場した武田たちも笑っている。
次のチームに場所を明け渡すため、一行は廊下に出た。
「ま、勝ち負けは仕方ないよ。でも面白い試合、出来てたと思うよ」
「そうか? あんまいいとこなかっただろ」
「そこは問題じゃないから。とにかくあたしは良かったと思う」
「天城が言うなら、そうなのかもな」
勝てなかったという事実が先に来る涼太は、自信なさげに答えるしかなかった。
「なゆたも隣でブツブツ言ってたよ。今のプレイはどうだったとか、あそこに隙があったとか」
「それ、面白い試合って言えるか?」
「あたしにとっては」
あくまで主観で話す紗千夏に涼太は笑ってしまう。
「私も悪い試合じゃなかったと思う。在原の動きは良かった」
「空木にもそう見えたなら、結構良かったのかもな」
「だからそう言ってんじゃん。あたしが教えた通りに動けてたし、シュートも何本か決めたしさ」
「まぁ、確かに」
涼太自身、あれほど試合で動けるとは思っていなかったので驚きがある。
チームとして練習する機会がちゃんとあれば、もっと競った試合が出来たかもしれない。
そう思わせるだけのものが、今の試合にはあった。
だからこそ、結果に対して思うところがある。
人混みの向こうにいる対戦相手だった三年生を見つけ、涼太はつい視線を向けてしまう。
一瞬だけマッチアップした高柳と目が合うが、向こうはすぐに背を向けて行ってしまった。
「お、どうした? 高柳先輩と友情でも芽生えた感じ?」
「いや全然」
「違うんだ。でも今、あっちも見てたっぽいけど?」
「……なんだろうな」
涼太は曖昧に濁して答え、隣にいる紗千夏をチラリと見る。
試合中に言われた言葉は、聞き間違いなどではなかった。
どうしてあんな事を訊かれたのかが気になるが、かと言って追いかけて確かめる気にはならない。
やたらと紗千夏が張り切って応援していたので、勘違いしただけとも考えられる。
「なんか考えてる顔だ。もしかして、悔しい?」
涼太の顔を覗き込んで来た紗千夏がそう尋ねる。
茶化すような感じではなく、純粋な興味によるものだ。
「……悔しい、か」
紗千夏のわかりやすい問いかけに、涼太は考える。
勝てたらいいと思ったのは確かで、負けた事に対してモヤモヤした感情があるのも確かだ。
あまり向き合う機会のなかった感情だが、なるほどと涼太は頷いた。
「たぶん、そうだな。やっぱ勝ちたかったよ」
悔しさとは対極とも言えるすっきりとした笑みが、自然と浮かぶ。
「…………そっか」
そんな涼太の表情に不意を突かれ、紗千夏は一瞬声を詰まらせた。
たかが球技大会。
遊びの延長とそう変わらない試合。
本気で打ち込んでいるスポーツでもないのに、涼太ははっきりと答えた。
建前や嘘ではなく、悔しい気持ちがあると。
紗千夏にとってそれは衝撃的だった。
部活で大会に出場し、敗退しても悔しいと言えるほどの感情を抱かないのが天城紗千夏だ。
勝つことに拘りはなく、ただ上達するのが楽しい。
自分にはない感情を見せる涼太に、なぜか胸が詰まる。
「凄かったよね。もう勝敗ついてる感じなのに、最後まで頑張ってたしさ」
「そうするもんじゃないのか?」
「言うほど簡単じゃないって、そういうのはさ」
「うん、俺もそう思う。でもほら、先生が諦めないやつだから」
「先生?」
「そう、先生」
誰の事かが一瞬わからず、紗千夏は呆ける。
が、涼太の笑みと視線が自分に向いている事に気付きハッとする。
「天城もそうだろ? 空木も言ってたしさ」
「在原の言う通り。紗千夏はバカみたいに諦めない」
「ちょ、なゆたまで……てか、バカみたいって言い方」
「他に言いようがない」
試合に臨む紗千夏はそれほどまでに真っ直ぐだと、なゆたも認めている。
大会で見た紗千夏の姿は、今も鮮烈になゆたの記憶に刻まれていた。
そんな紗千夏に教わった涼太が諦めないのも、なにもおかしな事ではない。
「それより準備、した方がいい。次、私たちだから」
「っと、そっか。準備運動もしたいし、急がないとだね」
紗千夏たちの試合が始まるまであと十分ほど。
準備運動の事などを考えれば、そろそろ移動しておくべき時間だ。
「在原はどうする?」
「ちゃんと応援するよ」
「そ? 別に疲れてるなら休んでてもいいけど」
涼太は先ほどの試合、交代せずにニ十分間フルに出場していた。
運動部ではない涼太の体力を考えれば、水分補給をして涼んでいた方がいい。
「大丈夫だ。まぁ、よく見える場所が取れるかはわかんないけどな」
紗千夏の心配を払拭するように涼太は笑みを浮かべる。
「ならよく見とけ。男子バスケの敵は、あたしとなゆたが取ってやるから」
「敵ってなぁ……相手は女子だし、クラスも違うだろ?」
「そういうの、野暮って言うんだよ」
「だな」
拳を掲げて見せる紗千夏に苦笑しつつ、涼太はそれに応えて拳を合わせる。
満足げに微笑んだ紗千夏はその拳を涼太の胸に軽く打ち込んでから、なゆたと共に体育館へと向かう。
「ま、俺の応援なんてなくても一緒だろうけど」
そうぼやきつつ、涼太は他のクラスメイトたちと合流し、応援席に向かった。
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