第317話

 そうして迎えた球技大会当日。

 運動着に着替えた涼太たちは、黒板に張り出されたトーナメント表を見ていた。

「うわ、いきなり三年かよ!」

 涼太の友人でもあり、同じバスケに出場する武田聡が大袈裟に叫ぶ。

「マジか。せめて一年が相手ならなぁ」

 武田の背中から覗き込み、涼太もまいったなと頭を掻く。

「てかどうなんだ、この三年。なぁ天城?」

「ん? あー、そこは確か引退した男バスの先輩いるわ。しかもスタメン」

 同じようにトーナメント表を見に来ていた紗千夏は、武田の声にそう答える。

「はぁ!? スタメンとかマジかよ。始まる前から終わってるわぁ」

「諦め早すぎ。他のメンツが微妙ならまだ可能性あるでしょ」

「天城に言われても説得力ねぇ。なぁ涼太?」

「いやまぁ、確かにな」

 同意を求められた涼太は苦笑する。

 紗千夏と同じ運動神経があればそうだなと頷けるが、取り立てて得意でもない涼太たちには高い壁だ。

 ただの男子バスケ部員ではなく、スタメンとくればなおさら。

「もし勝てたら……次はどっちが上がって来ても一年か」

 一応勝てた場合も考えて先を確かめる。

「は? うおマジだ。一回戦くらい一年対上級生にしてくれよ」

 武田の泣き言には涼太もつい頷いてしまう。

 せめて一回戦くらいは花を持たせて欲しいと思うのは、それほどおかしな事ではないだろう。

「やる前からなっさけない事言うなっての。気合いだ気合い」

 そう言いながら紗千夏が二人の背中を叩く。

 運動着の上からでなければ、赤く手形が付きそうな強さに二人は咳き込んだ。

 加減しろと言いたげな視線を受け、紗千夏は誤魔化すように笑う。

 その様子を隣で見ていたなゆたは小さくため息を吐いた。

 四人はひとまず黒板の前を離れる。

「ちなみにそのスタメンの三年って、どれくらい上手いんだ?」

 涼太の質問に紗千夏は腕を組んで考える。

「名前は確か……高柳、だったかな? ポジションはスモールフォワードってやつ。背はそこまで高くなくて……在原よりちょい上くらい……たぶん」

「あんまり面識ないのか?」

「ないワケじゃないけど、個人的に話す事ってそんなないし。まぁ、ずば抜けたエースって感じじゃないから、そこは安心していいんじゃない?」

「エースじゃなくてもスタメンだろ? キツそうだなぁ」

 知れば知るほど勝てるビジョンが遠ざかる気がして、涼太はため息を吐いてしまう。

「いいじゃん。楽しんできなよ。それに練習、したでしょ?」

「……そうだな」

 屈託のない紗千夏の笑顔に釣られて涼太も笑う。

 練習と聞くとどうしても先日の事を思い出してしまうが、二人とも顔には出さない。

 まるで夢だったかのように、気まずくなる事もなかった。

 一応、あの日の出来事についてはなゆたも遠隔による監視で把握している。

 もしあのまま二人が一線を越えそうになればどうしていたか。

 妨害すべきかどうかを、なゆたは本気で悩んでいた。

 だからアイカがあのタイミングで戻った時、密かに胸を撫でおろしていた。

 紗千夏が望むのなら止める権利はない。

 そうわかってはいるが、どう対処するのが正解だったのかという答えは、未だに出ないままだった。

「で、そっちは三試合目でしょ? うちらはその後。他の競技、どうなってるんだっけ?」

「男子サッカーが一試合目。だからグラウンドにみんな向かってる」

 紗千夏の疑問になゆたが答える。

 全てのトーナメント表と開始予定時刻は、すでに記憶済みだ。

 事前に情報は盗み出し、スマホに全て保存してある。

 だから暗記する必要などないが、その程度の情報を暗記出来なければエージェントとは言えない。

 必要がなくともそうしてしまうのは、もはや職業病と言えた。

「よく見てるね、なゆた。でも助かる」

「そんなに難しい事じゃない。紗千夏に出来るかどうかは知らないけど」

「おい。褒めたのになんだそれ?」

「冗談。それより行かないと、試合が始まる」

「……冗談ねぇ」

 不満げに顔しかめる紗千夏を笑いながら、クラスメイトたちと一緒にグラウンドへ移動する。

 スポーツ日和と言うには暑すぎる中、屋外でやるサッカーは大変だ。

 早めに行って日陰に入らなければ、試合の前に暑さで体力を奪われる。

 テントも設置してあるが、数は限られているのだ。

 他に試合もないので、クラスメイトのほとんどがサッカーの応援に集まる。

 そんな中で一緒になって涼太たちも声援を送っていた。

 ちゃんと観戦している生徒は半数といったところだが、全校生徒で見れば十分な割合だろう。

 そのまま男子サッカーは先制点を決める。

 途中で追いつかれたりもしたが、最終的には3対2というスコアで一回戦を突破して見せた。

 勝ちに拘る空気ではなくとも、勝てば盛り上がる。

 その空気は次の出場種目である、男子バスケに向けられていた。

 そんな空気とは裏腹に、相手が強いとわかっている涼太たちは微妙な顔になる。

「またそんな顔して。いいから思いっきりやってきなよ」

 紗千夏は笑顔を浮かべて、今度は拳で軽く肩を叩く。

 肩の高さに拳を上げたままの紗千夏に、涼太は頷きながら軽く拳をぶつけて応えた。

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