第306話

「まずは基本的な動き、やってみよっか。それからワンオンワンって流れで」

「天城が相手じゃ練習にならないだろ」

「ちゃんと加減はするって」

「だといいけど」

 最初は言葉通り加減をすると思えるが、集中し出したところでどうなるか。

 紗千夏の人となりを知っていれば、多少の不安は覚えてしまう。

「そんじゃ、まずはドリブルね。これが出来なきゃ始まらないし。ま、パス回しだけでもやりようはあるけど、そこまで行けるほどチーム練は無理だし」

「覚えるなら個人技って事か」

「ボール運びが出来るだけで違うハズ。去年の球技大会見てた印象だけどね」

「天城の目を信じるよ」

 真っ直ぐに信じると言われた紗千夏は一瞬面食らい、それから照れくさそうに笑みを浮かべた。

 すぐに気を取り直し、自宅から持ってきた自前のバスケットボールでドリブルをして見せる。

「フォームはこんな感じ。重心を落とすのが重要になるかな。でまぁ、こんな感じでドリブルの技もあるんだけどさ。ここまで出来るようになるのが理想だけど」

 右手で単調に繰り返していたドリブルを、左右の手で交互にして見せる紗千夏。

 そこから開いた足の間を通したり、身体を反転させて涼太の脇をすり抜ける。

「待て待て。いきなり出来るワケないだろ。基礎はどこ行った?」

「ま、だよね。正直口で教えるの、得意じゃなくてさぁ。見よう見まねでなんとかならない?」

「……それでよくコーチするとか言えたな」

「部活ではそれでいけるし。あとスマホで動画見せたりとか」

「それは基礎がわかってるやつ向けだろ。もっとこう、基本を教えてくれ」

「って言ってもね。腰を落として素早くドリブルするとか、そんな感じだよ」

 開始数分で暗雲が立ち込める感覚を涼太は味わう。

 紗千夏がふざけているワケではないのが問題だ。

「とりあえず在原やってみて。後は直接教えるから」

 放り投げられたボールを受け取り、紗千夏がやっていたように腰を落としてドリブルをしてみる。

「顔上げて。ボールを見ないでやるのが第一。慣れて来たら左右の手で交互にやる感じにしていこ」

「ハードルたけぇな」

「ボールが馴染んでくれば意外と出来るって。ほら、やってみ」

 半信半疑ながら、言われた通りにやってみる。

 最初こそすぐボールを足に当てたりしていた涼太だが、紗千夏にフォームを修正されながらやっていくうちに慣れていく。

 紗千夏のように力強く速いドリブルとは言わないが、三十分にも満たない練習で格段にそれらしくなっていた。

 そら見た事かと得意げになった紗千夏は、そのままシュートフォームやディフェンスのやり方も同じように教えていく。

 付け焼刃と言われる程度のものだが、一時間もする頃には基本的な動きが出来るようになった。

「意外と飲み込み早いね。在原、スポーツとか案外向いてるのかも。ポテンシャル感じる」

「高二の夏に言われてもな」

 今から運動部に入ってどうこうというのは、現実的ではない。

 紗千夏もそれはわかっているので、冗談めかして笑うに留める。

「あーほら、また腰浮いてきた。もうちょっとこう、落として」

「わ、わかってるって。そんなグイっとしなくても、言ってくれれば気を付けるから」

「こういうのは口で言うより、こうした方が早いの。部活で証明されてるから」

「だとしてもさ……」

「いいから。で、ドリブルからジャンプシュートの時はこう! 肘をここまで上げるの」

「お、おう」

 直接身体に触れて指導してくる紗千夏に、涼太は若干の恥ずかしさを覚えていた。

 全く遠慮なく腕や腰、太ももにまで触れてくるのだから仕方ない。

 普段なら紗千夏も遠慮しそうなものだが、今は完全にスイッチが入り、集中している。

 部活の練習とそう変わらないレベルなので、涼太に触れる事に躊躇などなかった。

 紗千夏がそれを意識するのは、部活用のスイッチが切れた後だ。

「ディフェンスはとにかく、相手に自分がいるって意識させる事。無理してボールを取ろうとか、まずは考えなくていいから。抜かれちゃいけないとか、シュートを打たせないとかは二の次。楽にプレイさせないってのを意識して」

「集中力を乱すとか、そんな感じか?」

「そそ。今回はガチな試合でもないしね。逆に言うと自分が打つ時はどれだけ練習通りに打てるかどうか」

「難しそうだな、やっぱ」

「だから練習するの。一回でも多くドリブルして、一本でも多くシュートを打つ。もちろん、正しいフォームでね」

 無茶を言っているように聞こえるが、実際紗千夏はそれをやっている。

 それもはるかに多い回数と時間をかけて。

 改めて紗千夏のストイックさに涼太は感心していた。

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