第305話
「おっす在原、お待たせ」
「俺も今来たとこだよ」
「そ?」
「あぁ」
待ち合わせ場所に涼太が到着したのは五分前。
紗千夏が到着したのはそれから二分ほど経ってからだ。
「受け付け、先に済ませといたから。一番奥のコートだってさ」
「あ、もう済ませてたんだ。ありがと」
「先に到着したからな」
二人はそのまま受け付けのある事務所から出て、屋外コートへ向かう。
第一候補だった市民体育館はすでに予約で埋まっており、移動距離などを考慮して先日通りかかった屋外コートを利用する事になった。
「荷物はそこのベンチ脇でいいよな? 事務所のロッカーも有料で使えるらしいけど」
「他にバスケのコート使ってる人いないし、ベンチでいいでしょ」
「だよな」
他にも事務所には併設されたシャワールームもある。
着替えなどもそこで行えるようになっていた。
「在原、それしかジャージ持ってないの?」
「他には部屋着用しかなくてな。いいだろ、これで」
涼太はマンションからここまで、学校指定のジャージでやって来た。
わざわざ運動用のジャージを用意するほどでもない。
紗千夏もジャージ姿ではあるが、涼太の学校指定ジャージとは違い、女子バスケ部用のものだ。
部活用のジャージを着ているだけでも、運動が出来そうに見える。
「そうだ、これ。忘れるとこだった」
荷物を置きながら涼太はコンビニの袋からアイスを取り出す。
「なに、くれるの?」
「飲み物買うついでにな。これなら半分に出来るし」
「おー、気が利く。ありがと……って、ちょっと溶けてんじゃん」
「さすがにこの暑さじゃな……パパっと食おうぜ」
「だね。そんじゃいただきまーす」
二つに区切られたアイスをそれぞれ一つずつ食べる。
あと一分取り出すのが遅ければ、手を汚しながら食べるしかなかっただろう。
「とりあえず今日のお礼を先払いって事で」
「気にしなくていいのに。律儀なやつ」
「部活の後なら欲しいんじゃないかと思ってな」
「正直それはある」
涼太の気遣いに紗千夏は破顔して答えた。
午前中は学校で部活に励んで来たので、身体は水分を欲している。
おまけに屋外とくれば、アイスは何よりも嬉しい差し入れだった。
「そういや昼飯、食って来たのか?」
「うん。部室でかっ込んで来た」
「目に浮かぶな」
教室で見慣れた姿を思い浮かべ、涼太は苦笑する。
が、なにやら不満げな紗千夏の視線に気づき、素知らぬ顔で誤魔化した。
当然なに一つ誤魔化せてなどいないが、紗千夏は小さく鼻を鳴らすだけに留め、アイスを食べきってしまう。
そしてそのまま運動靴の紐を結び直し始めた。
「学校からここまで、走って来たのか?」
「は? なワケないでしょ。今日は自転車乗って来た」
「あぁ、部活の時は使ってるんだっけ」
「今日だけ特別。さすがに自転車じゃないと間に合わないと思ったし」
「ま、普通はそうだよな」
納得しつつも、紗千夏なら運動がてらに走って来る可能性は十分考えられる。
涼太がふと疑問に思うのも当然と言えば当然だった。
「よし、そんじゃ時間も限られてるし始めよっか」
「おう。よろしくな、えっと……コーチ?」
「やめてよそれ。面白そうだけど、なんかくすぐったいから」
「少しは俺の気持ち、わかったか?」
「ん? あー、先生って呼ぶやつね。それはそれ。別の話って事で。次のテストもお願いしますよ、センセ」
「……少しは自分でなんとかする努力しような」
呆れながら苦笑する涼太に、紗千夏はとぼけて見せる。
「とりあえず準備運動とストレッチしよっか。なんもしてないでしょ?」
「してないけど、必要あるか?」
「当然。あたしは部活してきたからいいけど、準備運動もなしにあたしの指導について来れると思ってる?」
「怖い事言うなよ……」
「ま、冗談はともかく最低限はやらないと。万が一怪我でもされちゃ、久音ちゃんに合わせる顔がなくなるし」
「……だな」
久音の名前が出た事に涼太も頷く。
確かに万が一を考えると、きちんとやっておくべきだと思える。
「この天気なら水分補給さえしとけば、熱中症にはならないだろうけど、怪我は別だしね」
「曇りでこの蒸し暑さだからな。まだマシな方か」
「だね。ほら、始めるよ」
白いTシャツにハーフパンツ姿になった紗千夏と向かい合い、涼太はその動きを真似する。
バスケ部でやっている準備運動をしただけで、ジワジワと汗を掻いてしまう。
曇り空のおかげで緩和されているとは言っても、やはり夏場の運動はハードだ。
「じゃ、次はストレッチね」
「こ、こうか?」
「ん、そんな感じ。それよりほら、声出して。カウント」
「冗談だろ?」
「なに、恥ずかしい?」
「……ちょっとな」
「意外。コンビニで挨拶するのと大差ないでしょ?」
「あるだろ。全然違うって」
「へぇ~」
涼太に声出しは強制せず、紗千夏は一人でカウントする。
「ほい、じゃあ座って足伸ばしたまま広げて。あたしが背中押すから」
「わかった……って、ちょっと、いてっ、痛い痛いっ、天城っ」
背中から体重を掛けてくる紗千夏に涼太が苦しげに訴えかける。
が、紗千夏は笑って取り合わず、グイグイと押し込み続けた。
「いでででっ! 無理無理っ、ギブっ、ギブだって!」
「まだ行けるって。在原、ちょっと身体硬すぎじゃない?」
「普段やってないんだから当然だろっ……てかマジで無理だって。天城っ、重いっ!」
「ちょっと、女子に向かって重いはダメでしょ。はいペナルティね」
「ペナルティってなんだっ……あっ、あぁっ!?」
涼太の背中に膝を乗せ、紗千夏は完全に体重を掛ける。
「ほい、十数えるまで我慢ねー」
そしてサディスティックにも見える笑みを浮かべたまま、涼太に苦鳴を上げさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます