第304話

「お帰り涼太」

「ただいま」

 バイトを終えて帰宅した涼太は、鞄を置いてYシャツのボタンを外す。

「ちょっと電話するから、静かにしててくれよ」

「私に聞かれては都合の悪い話か?」

「そこじゃない。天城に電話するから、いるってバレたら困るだろ」

「なるほどな。わかった、大人しくしておこう」

「……頼むぞ」

 今一つ信用出来ない涼太は脱衣所に入り、念のため鍵を掛けてからスマホで電話を掛ける。

「もしもしお疲れー」

 スマホを握りしめて待機していたと思える速さで紗千夏が電話に出る。

 事実、帰ったら電話をするという話になっていたので、紗千夏は今か今かと待機していた。

「悪いな、遅くなって。バイト終わりに先輩と話、長くなってさ」

「全然。てか、なんか声、ちょっと籠ってない?」

「そうか? あー、脱衣所にいるからかも」

「は? ちょっ、えっ? もしかして着替え中に掛けてきたワケ!?」

 深く考えず答えた涼太に対し、紗千夏は狼狽えてしまう。

 何度か涼太の部屋に出入りしているので、脱衣所にいる姿を想像しやすかったのだろう。

 脱衣所イコール着替えというイメージが先行し、話している涼太が半裸に近い恰好なのではないかと勘違いしたのだ。

「まさか在原、裸……」

「ワケあるか! 変な想像するなよっ」

「あ、だ、だよねっ、あはっ、あははっ」

「ったく、勘弁してくれ……」

 なぜそんな想像をするのかと涼太は呆れる。

 以前同じような状況で、紗千夏が逆の立場だったというのも大きい。

 あの時紗千夏は半裸で涼太と電話をしていた。

 脱衣所の鏡を見てハッとした経験があるからこそ、涼太ももしかしたらと考えてしまった。

「そ、それより本題だよ。練習って言ってたけど、あと二週間くらいしかないぞ?」

 強引に話を戻し、涼太は気持ちを落ち着かせる。

「練習じゃなくて特訓ね、特訓」

「どっちでもいいって。そもそもそこまでやる必要あるか?」

「いいじゃん、面白そうだしさ。って言っても、お互い部活とかバイトあるし、出来るチャンスは限られてるだろうけど」

「だろうな。えっと、バイトのシフトは……」

 お互いのスケジュールを確認し合い、まとまった時間が取れそうなタイミングを探る。

「平日は無理として、テスト明けの日曜くらいか?」

「かなぁ。あたしも日曜は部活、お昼で終わるから。午後からでいい?」

「土曜は夜にバイトあるけど、日曜は休みだから大丈夫だ」

「ならまずはその日かな。みっちりしごいてあげるから、楽しみにしててよ」

「……覚悟はしとくけど、お手柔らかにな。次の日は学校あるんだし」

「やる前から軟弱発言?」

「うっせ。こっちは運動なんてろくにしてないんだよ」

「毎日学校とかバイトで自転車漕いでんじゃん。そこそこ運動にはなってるでしょ? 夏場の暑さでも続けてるんだしさ」

「あー、言われてみると……」

 当たり前の事すぎて意識していなかったが、改めて考えるとそれなりの運動にはなっている。

 とは言え、紗千夏が練習ではなく特訓に拘るあたり、嫌な予感は拭えなかった。

「で、どこでやるんだ? 学校の体育館、使えたりするっけ?」

「他の部活が使うから無理」

「だよなぁ……当てあるのか?」

「当然。うちの近くにさ、格安で使える市民体育館あるの」

「へぇ、そんなのあるのか」

「他に使用予定が入ってなければ、一時間単位で使える感じ。まぁ、空調がお世辞にもしっかりしてるワケじゃないからちょっと暑いけどね」

「ま、そこはな。ボールとかも借りられるのか?」

「うん。でも微妙なボールだったりするから、あたしが自分の持ってくよ」

「そんなの持ってるのか、さすがだな」

「中学の時とか、そこそこ利用してたんだよね。自主練とか中学じゃ出来なかったからさ」

「その頃からやってるのか。ホント、さすがだな」

 結果を求めるでもなく、ただ一つの事に打ち込む。

 そんな紗千夏の生き様とも言うべき行動力に、改めて感心する。

「でもそこ使えなかったらどうする?」

「そこなんだよねぇ。高校になってから行ってないから、今どんな感じかわかんなくてさ。後で予約状況調べてみる」

「もしダメだったら他の体育館って感じか?」

「ちょっと遠くなるけど、探せばあると思う。でもそれならさ、あそこでいいんじゃない? ほら、この前の夏祭りで通り掛かった屋外コート」

「あー、あったな。でも屋外かぁ……」

「体育館よりは暑いかもね。でも水分補給しっかりすれば平気っしょ」

「天城と一緒にされても困るんだよなぁ」

「いや、あたし別に暑いのが平気とかじゃないんですけど?」

「でもほら、慣れがあるだろ?」

「在原だってクソ暑い中、自転車漕いでんじゃん。似たようなもんでしょ」

「全然違うって」

 軽口を叩き合う二人の会話は、本題から逸れて行った後もしばらく続いた。

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