第303話

 球技大会に関する話し合いが終わり、そのまま涼太たちは校内清掃に取り掛かっていた。

 掃除の割り振りは入学時から一貫して出席番号順なので、涼太と紗千夏は自然と同じ担当になる。

 涼太たちの他にもクラスメイトが数名、中庭の清掃に割り当てられていた。

 適度に掃除をしながら、先ほど決まった球技大会について二人は話す。

「そういや在原はさ、バスケのルールってどれくらい把握してるワケ? 体育ではやったんだよね?」

「あぁ。ある程度はわかってるつもりだけど。ほら、練習試合の時にさ、空木が隣であれこれ説明してくれたから」

「あー、そういや一緒だったもんね」

「天城が教えたんだろ? だからプレイに支障はないんじゃないかなぁ」

「のわりになんか、自信なさげじゃない?」

「細かいとこまではさすがに覚えてないし。ファールの種類は大雑把には覚えてるけど。あと、試合中はプレイの内容とか作戦とか、そのあたりの解説が多かったんだよなぁ」

 なゆたの話し方を思い出し、涼太は苦笑する。

「どしたの?」

「いや、空木の説明がな。実況解説的な感じじゃなくて、専門用語とか使いまくりの一方通行でさ」

「想像出来るなぁ、それ」

「だろ? で、こっちがついて行けなくて適当に流すとジッと見て来るんだよ。ちゃんと聞いてるかって言いたげにさ」

「なゆたならあり得るなぁ。変なとこあるもんねぇ」

「だから何とも言えなくてさ。ま、たぶん大丈夫だと思うけど」

 思い出すだけで頬が緩む涼太を見つつ、紗千夏は箒を地面に突き立てて顎を乗せる。

 試合中に二人がどんな雰囲気だったのかは、さすがにわからない。

 ただ、ふとした時に見た二人の様子は覚えている。

 身振り手振りも加えて話すなゆたと、困ったような笑顔でそれを聞いている涼太。

 傍目に見れば仲の良い友人同士には見えただろう。

 なゆたがそう言われてどう反応するかは謎だが、一般的に見れば仲が良いと括ることの出来る距離感だった。

 その事に対して、何かしらの感情を紗千夏が持つ必要があるのか。

 忘れかけていたモヤモヤした感情が再び紗千夏の胸に去来する。

 が、すぐに蓋をして気持ちを切り替えた。

「男子の体育ってどんな感じ? ドリブルとかパスとかシュートとか、基本的なフォームは習った?」

「一応はな。ジャンプシュートはこんな感じだろ?」

 箒を足元に置いた涼太は、ワンハンドのジャンプシュートをして見せる。

 ぎこちなさはあるものの、それなりの形にはなっていた。

「おー、それっぽいじゃん。授業で習うんだ、それ」

「習うってほどじゃないよ。ほとんどマンガで見たやつの真似しただけだし」

「あ、そっちか。けど、形になってるだけって感じだね。こう、力が上手く膝から伝わってない。それだと手首の力だけで放る感じにならない?」

「言われてもわからないって」

 早速コーチのような事を言い始める紗千夏に涼太は苦笑する。

「そういや、女子はほとんど両手で打つけど、天城は片手だよな?」

「お、そこに気付くとは見る目があるな、在原」

「いやまぁ……」

 それだけ紗千夏のシュートを見ているという事でもあるので、何となく気恥ずかしくなって誤魔化す。

 もう何度も朝練で見てきた紗千夏のシュートフォーム。

 先ほどはマンガを参考にと言ったが、涼太の頭にあるイメージは紗千夏のそれだ。

 あくまでイメージ出来るだけで、実際に思った通り身体が動くワケではないが。

 客観的に自分のシュートフォームを見れば、紗千夏との違いに恥ずかしくなるだろう。

「あたしも最初は両手だったんだけどさ、そんなに遠くから打つワケじゃないでしょ? ならワンハンドの方がカッコイイなと思って練習したの」

「カッコよさ、気にするんだな」

「半分冗談。こっちの方が打ちやすいんだよね、なんか」

 そう言いながら紗千夏も箒を足元に置く。

「いい? 肘はこの角度。左手はマジで添えるだけでいいから。後は膝から腕の先まで力が伝わるように……こうっ!」

 ゆっくりとシュートフォームを取って紗千夏は実演して見せる。

 いつものように、何千何万と繰り返して来たフォームだ。

 実際、そのフォームは素人目にも綺麗に見えた。

 存在しないハズのボールが飛んで行くような錯覚さえ覚える。

 だが、それ以上に涼太は息を呑む光景を見てしまう。

 校内清掃中は、特に着替えるルールはない。

 当然、涼太も紗千夏も制服のままだ。

 そんな状態で全力に近いジャンプをすればどうなるか。

「っと、こんな感じ。どう? 出来そう……って、なに?」

 着地した紗千夏は軽く髪を整えながら首を傾げる。

 涼太はなぜか目元を手で隠し、顔を背けていた。

 せっかくシュートフォームを見せたのに何なのかと、紗千夏は憤慨する。

 が、その一歩手前でハッとした。

「あっ、まさか……」

 自分の姿を見下ろした紗千夏はすぐさまスカートを押さえる。

 あまりにも迂闊すぎたと後悔するが、今更過ぎた。

「いや、その……悪い」

 紗千夏が気づいた事に気づいた涼太は謝罪する。

 このタイミングで涼太が謝罪するという事はつまり、そういう事だった。

 紗千夏のジャンプ力が女子の平均より遥かに高くなければ、あるいは避けられた事故だったかもしれない。

 もしくは涼太が紗千夏の全身ではなく、手元を注視していれば視界には入らなかっただろう。

 どちらにせよ涼太にとっても不意打ちだったので、しっかりと網膜に刻まれてしまったのだ。

 ジャンプシュートの際、翻った紗千夏のスカートの中の光景が。

 幸いだったのは、他のクラスメイトたちは別の話に夢中で、紗千夏の方を見ていなかった事だろう。

 ゆえに紗千夏の下着を目撃したのは、目の前にいた涼太ただ一人。

 しかし紗千夏にしてみれば、それこそが何よりも頬を熱くする要因となる。

「~~~~っ! こ、このっ、わ、忘れろっ!」

「ちょっ、危ないだろ!?」

「うう、うるさいっ!」

 照れ隠しに拳を振り上げ、肩に打ち込んでくる紗千夏を涼太は必死に宥めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る