第302話
「言わなくてもわかってると思うが、週明けからテストだからなー」
放課後のホームルームで担任から放たれた言葉にクラスがざわつく。
全員承知の事実ではあるが、改めて言葉にされるとどうしてもそうなるものだった。
当然、紗千夏も地獄を見たような顔で机に額を打ち付ける。
そんな様子も慣れたもので、涼太もなゆたも軽く鼻を鳴らすだけだった。
それからホームルームの話題は、テストの後に行われる球技大会の話になる。
開催は下旬だが、それに向けてクラス単位での練習時間や場所も割り振られる。
今年度の開催種目はサッカーとバレー、そしてバスケの三種目だ。
男女がそれぞれの種目に1チームずつ出場する事になる。
1クラスは基本的に36人。
原則一人一競技には参加する事になっていた。
その中でも該当種目の運動部に所属する生徒は、各チームに一人だけという制限がある。
サッカーは少人数で行う事になるが、それでも人数は足りない。
そこは二種目までは掛け持ちで参加出来るので問題はなかった。
当然、そこには補欠要員も含まれる。
「紗千夏は楽しそうね」
「テストに比べたらそりゃテンション上がるでしょ」
「だろうけど。球技大会って言っても、ただの遊びじゃないの?」
「あー、なゆたは初めてか。一応さ、順位でポイントが付くんだよね、うちの球技大会って。で、男女合わせた合計ポイントで総合優勝とか、競技単位での優勝ってのはあるんだよね」
「それが何かメリットになるの?」
「言うと思った……いやないけどね? 強いて言えばアレだ、優勝したって栄誉みたいな。クラスによってはめっちゃ燃えるとこもあるんだよ、意外とさ」
「紗千夏はそのタイプ……じゃないか」
「ま、楽しければいいって感じかな。やるなら本気は出すけどさ」
「だろうね」
部活や大会での紗千夏を知っているなゆたにとっては、予想通りの答えだった。
部活で拘らない勝ちに、球技大会で拘るワケがない。
「ま、ガチるも良し気楽に遊ぶも良し。そんな感じ」
「運動部くらいしか喜びそうにないイベント?」
「だねー。在原はどう?」
「どうせ貢献出来ないしな、俺。気楽な方がありがたい」
話を振られた涼太は肩を竦めて答える。
特別運動が得意なワケでもない涼太にとっては、周囲に合わせるだけのイベントだ。
サボるつもりはないが、頑張ったところで活躍出来るものではない。
「ちなみに去年はなにやったの?」
「サッカーで一回戦負け」
「一点くらい決めた?」
「まさか。相手に現役サッカー部と元サッカー部がいたら勝ち目ないって」
「あー、そりゃ無理かもね」
経験者の数はそのまま絶対的な戦力差になる。
その点で言うと今年のクラスは、現役の運動部があまり多くはない。
だからクラス全体としても、そこまで勝ちに行こうとしている生徒は少なく、空気も緩いものになっていた。
「在原、サッカー好きなの?」
「いや別に」
「じゃあなんで?」
「一番人数が多いから楽かなって……あと細かいルール、知らなくても何とかなりそうだったから」
「やる気ないねー」
「頑張る理由がなかったしなぁ」
そう答えながら涼太は窓の外に視線を向ける。
本当の理由は親の再婚話が大詰めで、あれこれ悩んでいた時期だからだ。
一年前に抱えていた不安やモヤモヤは、ほんの少し前まで抱え続けていたもの。
今でこそほとんどなくなった感情だが、まだ笑い飛ばせる昔話ではなかった。
そうこうしている間にクラスメイトたちは盛り上がり、どの競技に出るかを話し合う。
「ね、在原。なんでもいいならさ、バスケにしなよ」
「バスケなんて俺、体育でちょっとしかやった事ないぞ?」
「細かいルールならあたしが教えるって。ま、球技大会ならそんな厳密でもないだろうけど」
「まぁ、かもな」
気軽に誘って来る紗千夏に涼太は頭を掻く。
今年もサッカーあたりで濁しておこうかと思っていたが、こうも明け透けに誘われたら断りにくい。
「天城と空木はどうするんだ? やっぱりバスケか?」
「当然。あたしがバスケに出ないでどうすんのって話でしょ」
「私はなんでもいいけど、紗千夏がうるさいから」
我が物顔で机の上に肘を乗せてくる紗千夏に、なゆたは小さくため息を吐く。
有無を言わせぬ強引さは心地よくもあり、面倒でもあった。
「なら女子バスケはほぼ決まりだろ、優勝」
お世辞でもなんでもなく涼太は苦笑した。
「かもねー」
「勝ち確だろ、そっち」
紗千夏だけならまだわからなかったが、なゆたも一緒なら負ける方が難しい。
そう確信してしまえるだけのものを持っていると、涼太は朝練の様子を見て知っている。
バスケに限らず、紗千夏となゆたを可能な限り参加させれば、それだけで順位は跳ね上がるだろう。
持ち前の運動能力だけで見ても、それほどずば抜けている。
ただし、紗千夏もなゆたも他の種目にまで出るつもりはない。
二人もまた涼太と同じく、クラス全体の勝ちに拘りは持っていなかった。
「だからさ、在原もバスケにしなよ」
「だからの意味がわからないんだけど」
「いいじゃん。あたしが教えるからさ。コーチしたげる、コーチ」
「天城のコーチとか、勘弁してくれ」
「なんだよそれー。どういう意味?」
「厳しそうでイヤだ」
「優しく教えるって。テスト勉強のお礼にもなるしさ」
「ならないんだよなぁ、それ……」
紗千夏のコーチを受けたとしても涼太が得する事などない。
そうは思いつつも、最終的には紗千夏の強引さに負け、涼太は男子のバスケに出場する事になった。
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