第300話 第五章 完
「宿題、終わりそうか?」
「わかんない。てか自信ない」
「まだ半分終わってないしなぁ」
「ってなワケで、また連絡するかも」
「……出来るだけ自力で、な」
「ん、頑張る」
二人はコンビニへ続く住宅街を歩きながら、今日の事を振り返る。
夕飯時はとうに過ぎ、二人の足音が聞こえるくらいに静かだった。
「祭りのお土産、なしで良かったのか? 帰ったら騒ぎそうだけど」
「あー、いいのいいの。もうご飯の時間すぎてるし。そこまで甘やかす必要ないって」
「ならいいけど」
まず間違いなく家に帰れば双子が騒ぎ立てるだろうが、紗千夏は黙らせる自信がある。
その辺りは慣れたものだ。
だからこそゴリラなどと不名誉な呼ばれ方を弟にはされるのだろうが、本人は気にしていない。
「それにしても久音ちゃん、意外と行動力あるよね。いきなり来てお祭りに行くなんてさ。おまけに泊ってく準備までしてるし」
「まぁ、行動力があるってのはいい事だと思うんだけどな。困ったとこもあるけど」
「……ちょくちょく泊まりに来るの?」
「まさか。遊びに来る事はあるけど、基本的には夕方頃帰ってるよ。今日のはたまたまって言うか、夏休みだから特別なだけだ」
「ん、だよね」
納得したように紗千夏は頷くが、内心いろいろと気になって仕方がない。
根掘り葉掘り、久音との関係を訊いてみたい気持ちがあった。
二人が兄妹とは言ってもそれは義理。
普通に考えて気にならないワケがなかった。
「夏休みかぁ……もう終わっちゃうんだなぁ……」
「今年はあっという間だったな、なんか」
「それあたしも」
「天城はほとんど毎日学校行ってたもんな」
「あるけどね、それも。でも違うもんだよ? 授業はないし、午前か午後だけだしさ」
「そういうもんか?」
「そういうもん」
「なのに宿題は……」
「はい余計なお世話」
笑いながら紗千夏は肘で小突く。
そこには照れ隠しも含まれていた。
人通りのない夜の道を男子と二人で歩く。
そのシチュエーションは紗千夏にとって、やはり特別なものだった。
夏休みという学生なら浮き足立つ期間というのもある。
あと数日でそれが終わると考えると、別の意味でも寂しいものがあった。
今年の夏休みがあっという間に感じた大きな理由は明らかだ。
隣を歩く涼太を横目で見て、紗千夏は小さく拳を握る。
その握る力はそのまま紗千夏の心臓に伝わった。
祭りの途中、久音が掴んでいた涼太の手を思い出す。
今ここで自分が同じように手を取ったら涼太はどう反応するのか。
確かめたい気持ちと同じくらい、怖いという気持ちがあった。
手を繋ぐ。
ただそれだけの事が、決定的に何かを変えてしまう。
そんな予感がある。
だからこそ紗千夏は実行出来ず、ふとした瞬間に気まずくなるのだ。
「在原はあれだよね。バイト、たくさんしてたから」
「シフトは多めに入れてたからな。まぁ、その分夏休みは出費も多かったけど」
「今日もお祭りに行っちゃったもんね。でもアイカさんがちょくちょく出してくれてたか」
「ま、一応保護者みたいな立場だしな」
「なんか、変わった仕事してるんだっけ?」
「あー、だな。いわゆるあれだ。個人事業主、みたいなやつ」
「ん、よくわかんない。でもなんか自由そう」
「その認識でいいよ」
変な石をネットで売りさばいている、などとは間違っても言えない。
アイカにもその点は口外しないよう言ってある。
「仕事かぁ。来年の今頃は進路、面倒なんだろうなぁ」
「来年の今頃じゃ遅いだろ。もっと前に考えとかないと」
「在原は考えてんの?」
「……いや、なんとも」
「普通に進学するんじゃなくて?」
「まぁ、そっち方面だとは思うけどな」
将来の目標や夢が明確ではない涼太にとっては、悩ましい問題だった。
再婚によって母親に楽をさせるという唯一の目標がなくなり、将来については曖昧なまま。
どうしたものかと悩むのも仕方のない事だった。
「天城も決まってないだろ?」
「まぁね。とにかく今は部活一本だから」
「宿題とテストは忘れるなよ」
「はいはい」
考えたくないと紗千夏はそっぽを向く。
そんな紗千夏に涼太は困ったものだと苦笑するしかなかった。
「あ、ここでいいよ。あとは大通り歩くだけだし」
「そうか?」
紗千夏がそう言ったのは、バイト先のコンビニがある交差点だった。
「ここからはこの時間でもよく歩くし、在原も安心でしょ?」
「まぁ、そうだけどさ。でも大して差もないし、家まで送るのも変わらないだろ?」
「いいって。逆に気まずすぎるから勘弁してよ」
「……そうか」
時間的には普段から涼太がバイトを終えるよりまだ早い。
夜の九時を回ったばかりだ。
「それに久音ちゃん、待ってるでしょ?」
「……そうなんだよなぁ」
「なにその顔」
「いや、疲れる夏休みだなと思ってな」
今日に限らず、思い返してみるとかつてないほど疲れる長期休みだった。
その多くの要因はアイカであったり久音であったり、紗千夏も含まれている。
アイカが冗談めかして言っていた女難の状態異常と言うのも、正直笑えない話だった。
「夏休みが明けたら明けたでもっと疲れると思うよ?」
「あー、そうか。あれがあったな」
「球技大会、楽しみすぎる。そのあとは文化祭もあるし、あと修学旅行もか」
「……先が思いやられるな」
「普通はそこ、楽しみって言うとこだから」
「確かにな」
涼太は笑いながら頷く。
実際、行事が続く事を楽しく思う気持ちはあった。
ただ、それだけではないのも確かで……。
「とにかく今日はありがと。帰り、気を付けてね?」
「そっちもな。じゃあ、またな」
「うん。また学校で」
「だといいな。宿題、頑張れよ」
「あっ、忘れてた! 困ったら助けてよマジで」
「頑張れよ」
「ちょっと在原! 本気で頼むからね!?」
「わかったよ」
そんな会話をしながら二人は別れる。
「さて、と……」
部屋で待つアイカと久音の事を考え、頭を悩ませながら涼太は帰路についた。
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