天使の微笑み

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天使の微笑み

「はい、どうも~! 竹本と渚で。アップシティと申しま~す! よろしくお願いしま~す!」


「突然だけど竹本くん、ボク刑事ドラマが好きなんだよね。中でも好きなのが取り調べのシーン。犯人にカツ丼を食べさせて、田舎の母親の話して、最後には自首させる」


「いいですねえ。ボクもねえ、実は刑事ドラマ好きなんですよ」


「で、竹本くんが良かったらなんだけど、ちょっとここでやってみない?」


「じゃ、ボクが犯人やるから、渚くんは刑事さんやってね」


「持つべきものは友達だね」


 とまあ、こんな調子で、オレと渚はつまらない芸人をやっている。


 渚は高校の同級生で、オレと同じでお笑いが好きで、お互い受験に失敗したときにコンビを組んだ。


 もともとは仲の良い友達だったけど、芸人として六年も鳴かず飛ばずだと次第に会話も減ってくるし、今では漫才の台本を作るときくらいしか喋ることはなくなってしまった。


「いい加減認めたらどうだ?」


「オレじゃねえっつってんだろ!」


「まったく強情な奴だ。そうだ、腹減ってないか? ちょっと出前取るから待ってろ。プルル、プルル。もしもし、天丼二つ」


「カツ丼じゃないんだ」


「天ぷら抜きで」


「じゃあ良くねえよ! タレかかっただけの白飯じゃねえか!」


 渚がボケで、オレがツッコミ。バランスは悪くないとは思うけど、なにせお互いセンスが悪い。


 十人足らずの観客しかいない劇場に、笑い声は今のところ響いていない。


「ダメか」


「ダメだよ! そんなの絶対口割らないよ!」


「じゃあ別のにしよう。プルル、プルル。もしもし、カツ丼二つ」


 笑わないだけならまだいい。一番前の席に座っている若い女性はどういうわけかこちらを睨みつけている。


「そうそう、それでいいのよ」


「サイズは小で」


「大盛にしてあげてよ!」


「最近胃がもたれるんだよ」


「それは知らないよ! カツ丼で口割るような犯人なんて普段良い物食べてないんだから、せめてたくさん食べさせてあげないと。……でなんでお前も食うんだよ!」


「食っちゃダメか?」


「いやダメじゃないけど。気になるでしょう。……もういいや、続きいきましょう。田舎のお母さんの話をする」


 受ける気配がしないので、漫才を先に進める。渚は「なんでもっと早く切り上げてくれなかったんだ」とでも言いたげな目でオレを見ていた。目を反らして客席を見ると、さっきの女性と目が合う。その目はさっきよりずいぶんと吊り上がっているように見えた。


「なあ、コソ泥」


「そんな風に呼んでやるなよ! ちゃんと名前で呼んであげて」


「なあ竹本」


「なんだよ!」


「今のお前の姿を見たら、田舎のおっかさん悲しむだろうな」


「関係ねえだろ」


「そんな紅白のボーダーを着て」


「着てねえよ」


「同じ柄の帽子被って」


「ん?」


「でかい丸眼鏡かけてなあ!」


「ウォーリーじゃねえか!」


「似たような服のやつ引き連れて!!」


「ウォーリーじゃねえって!!」


「黄色と黒の色違いもいて!!!」


「だからウォーリーじゃねえって!!!」


「犬にも似たような服着せてるな!!!!」


「だからウォーリーじゃねえっつってんだろ!!!!」


「オレは犬に服着せてる奴が大嫌いなんだよ!!!!!」


「あれがオレなりの愛情表現なんだよ!!!!!!」


「やっぱりウォーリーじゃねえか!」


「しまったッ! ……しまったじゃねえよ!」


 オレたちが考えていた笑いどころはことごとく空振る。オレたちの声が大きい分、客席の沈黙が余計に辛い。

 渚と目が合う。もう終わらせよう、そんな目だ。


「お前に刑事向いてないよ」


「やっぱりそうか。じゃあおとなしく、漫才師というケージに戻るとしましょう」


「うるせえよ! どうも、ありがとうごじっ……」


 噛んだ。


 最悪のタイミングで。


「ど、どうも、ありがとうございました……」


 恥ずかしいやら悔しいやら、真っ赤な顔を見られないように深々と頭を下げる。


「ぷっ」


 客席の前の方から、噴き出す声が聞こえた。

 さっきの若い女性だった。

 とても大笑いと言えるほどのものではないが、すこし頬がほころんでいる。


「おい、竹本!」


 渚が小声で話しかけてくる。

 オレは我に返って袖に戻った。


「はぁ……」


 オレがそうため息をつくと、入れ替わりで先輩芸人が舞台に上がっていく。


「今日もダメだったな」


 渚がそう言った。


「悪いな、最後噛んじゃって」


「あんだけ滑ったんだ、今更ちょっと噛んだくらいなんでもねえ。それより、前の席の怖え女、お前が噛んだので笑ってたぞ」


「やっぱりか? いや、ひと笑いでもあってよかった」


「アクシデントじゃなあ……」


「なあ、渚。そういう漫才にしねえか?」


「そういうって?」


「わざと噛みまくる漫才。どうせ普通にやったって滑るだけだ」


「……ま、やってみるか。竹本、久しぶりに飲みに行かねえか?」


「なんだよ、急に。アクシデントとはいえ、久しぶりに人を笑わせたんだ。祝いよ、祝い」


「まあ、いいか。新しい芸も見つかったことだし」


「そうこなくっちゃ。来年こそはオレたちが天下を取る!」


「当然、お前の奢りなんだろうな? オレが取った笑いなんだから」


「バカ言うな。嚙んだお前の奢りだ」


「そのおかげで笑いになったんだろうが」


「うるせえ! だいたいなんだ、噛む漫才って」


「お前も賛成したろ!」


「してねえよ! だいたいお前は前から……」


 以上が、オレたちに微笑んだ天使の物語だ。その後オレたちがどうなったのか、それはまた別の舞台でお披露目しよう。

 では、お後がよろしいようで。

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