第14集:いくつもの週末に心躍らせば
ここは、とある豪華な屋敷の一角。
辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。
だが――それは当然!
お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!
はてさて。もうすぐで午後11時。
そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。
「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」
「はっ。ただいま向かいますお嬢様」
執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。
そして待ち侘びた様子で、
「執事。今日のお出掛けが楽し過ぎて、寝られないわっ!」
幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。
「一体どうしてくれるのかしらっ!!」
…はてさて。
ここからが私の仕事である。
「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」
するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。
彼女は
「だからこそこの想いを詩に込めてみたわ。今夜は私の詩を聞きなさい。以上よっ!」
今日のお出掛けが楽し過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は……ん?
普段通りの命令を聞き入れたはずの執事の耳に違和感がこびり付く。まさか三流執事のように聞き違えたのだろうか。
執事は怪訝に思いながらも、下げていた頭をゆっくり上げて柔和な物言いで言葉を続ける。
「お嬢様。この執事めのご無礼をお許し下さい。先ほどの要求としてはお嬢様の詩を私が聞く…それでお間違いないでしょうか」
「ふふん。さすが私自慢の執事ね。一言一句違わずにその通りよっ!」
お嬢様は得意げに答えてみせた。そして無邪気に笑いながら、
「直々に私の詩を聞けるのよ。こんな嬉しいことがこの世にあるのかしらっ!しかも2回目よ!有難く思うことねっ」
お嬢様が綴った詩を私が聞く――ふむ。どうやら今夜のお嬢様は一味違うらしい。
だが!
ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!
残念ながら私は、一流執事なのでございます…。
「かしこまりました。それでは今夜はお嬢様の詩に心躍らせて頂きます」
執事は、瞼を細めてお嬢様を見つめた。
その瞳に応えるように、執事は答える。
「私、実は詩に関しては結構うるさいですよ?」
「ふふっ。今夜も待ってたわ」
彼女は待ち侘びたように、唇を小さく舐めてみせた。
「執事。仕事終わりに詩など如何かしら?」
◇◆◇◆
【第14集:いくつもの週末に心躍らせば】
麦わらの帽子 よく似合う季節
古びた汽車に揺られて
私をどこへ連れて行ってくれるというの?
一歩後ろで笑う 妖精に尋ねてみても知らんぷり
意地悪な微笑むで誤魔化すあなたと
肩並べる 穏やかな週末
触れた小指の微熱に 魔法をかけて
浮かぶ真昼の月に
乙女の純情を伝えるの
左から眺める澄んだ横顔が素敵よ
子供の頃の 夏休みのように
週末の思い出 心のアルバムに置いておくの
いつかまた クレープを食べた時に
鼻先に付いたクリームを
もう一度 笑い合えるように
純白のワンピース よく似合う日差し
時間を忘れてはしゃぐ
私にこれ以上何をしてくれるというの?
細やかな日常は 分け合うことで幸せに変わるね
私より遊び疲れて肩で眠るあなたに
頬寄せる 揺れる帰路
触れる髪の香りに 魔法をかけて
車窓覗く夕焼けに
乙女の純情を祈るの
世界中の時計が壊れて永遠でありますように
いつか開く 心のアルバム
週末の輝き 名前を添えて仕舞っておくの
もしもまた お出掛けする時に
眠るあなたの寝顔を
もう一度 眺められるように
まるで子供ね
でもいつまでも大切にしたい 週末の物語
掛け替えのない 2人の宝物
週末の記憶 心のアルバムで何度も眺めるの
細やかな綻び 小さな幸せを
いくつもの週末の予定を
もう一度 楽しめるように
ねぇ いくつもの
週末を超えていきましょう
◇◆◇◆
「――さて如何かしら?」
お嬢様は満足げな表情で執事を見つめた。
「えぇ。お嬢様の詩を堪能させて頂きました。この執事にとっても誉でございます」
「ふふん。はぁー!これでよく眠れそうだ……わ…」
「おや…お嬢様」
するとお嬢様はそのまま枕元で瞼を閉じた。そして瞬く間に静かな寝息を立て始めた。
おやおや…。
どうやらお嬢様は、眠ってしまったようでございます。
はてさて。もう夜も深い。
それではあなた様も、どうか良い眠りを。
え?
私はいつ眠るのか、ですって?
いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。
しかし心配はご無用でございます。
執事たる者。
お嬢様のためならば休息など必要ございませんゆえ…。
それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。
「さて…と。この散乱は如何なさいましょうか」
改めて彼女に布団を被せた後、絢爛豪華に彩色された彼女の部屋を一瞥して溜め息を漏らした。
服。服。服。
園児であれば駆けっこに興じられるほどの広さがある部屋一面に、買い立ての最高級の洋服が散乱しているのである。それらは全身鏡を中心に、山を成していた。
本日は昼間より、お嬢様のお買い物の同伴だった。
前夜のローズウッドのアロマの後押しもあってなのか、彼女は疲れ知らずで大はしゃぎだった。主従関係すら忘れたように、執事と手を繋ぎ練り歩く彼女は、心の奥底から楽しんでいた。
また帰り道では、兼ねてから彼女の希望だったクレープも食した。一般的な値段のクレープを所望したのも、彼女自身の希望である。
屋敷で食す最高級スイーツと比べて、2人並んで食べるクレープは何よりの絶品だったに違いない。お嬢様の途切れない屈託のない笑顔が物語っていた。
その大はしゃぎの皺寄せが、現在の惨状の証拠だ。一通り試着して後、疲れ果ててお嬢様は深く眠ったのである。
「まぁ…お蔭様で仕事を忘れて楽しませて頂きました。お嬢様の至福は、この執事とて同じでございますよ」
静かな寝顔の彼女に、優しく呟いてみせる。
そして振り返って山積みの洋服へ佇む。執事という職務の顔付きに戻った彼は、裾をぎゅっと上げて、
「さて。まずはどれから片付けましょうかね」
再度、自身の襟を正して、一人笑った。
さてはて…今宵の夜は少し長くなりそうでございます。
しかしこの執事。お仕えするお嬢様の願いとならば、休息など要りませぬゆえ…。
夜もより一層深くなって参りました。
あなた様も、本日はここまでお付き合い下さり誠に感謝でございます。
それではお嬢様のにやけ顔を横目に、片付けを実施したいと思います。
それでは、良い眠りを――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます