第12集:金色の蝶

 ここは、とある豪華な屋敷の一角。

 辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。


 だが――それは当然!

 お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!


 はてさて。もうすぐで午後11時。

 そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。


「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」


「はっ。ただいま向かいますお嬢様」


 執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。

 

 そして待ち侘びた様子で、


「執事。帰り道に見た蝶が美し過ぎて、寝られないわっ!」


 幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。


「一体どうしてくれるのかしらっ!!」


 …はてさて。

 ここからが私の仕事である。


「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」


 するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。


 彼女はおもむろに執事を指差して、


「私を寝かしつけなさい。以上よっ!」


 不敵な笑みを浮かべており、まるで執事を試している様子だ。しかし言動は、やはり子供そのものである。


 帰り道に見た蝶が美し過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は無い。


 だが!

 ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!


 残念ながら私は、一流執事なのでございます…。


「承知しました。それではここで一つ提案がございます」


 執事は下げていた頭をゆっくりと上げて、瞼を細めてお嬢様を見つめた。

 心做こころなしか彼女の瞳は、従順な仔犬のように期待に満ちているようだった。しかしこれもまた見慣れた日常の一幕である。


 その瞳に応えるように、執事は答える。


「私、実は詩を書くことが趣味でございまして…」


「ふふっ。今夜も待ってたわ執事」


 彼女は待ち侘びたように、乾いた唇を小さく舐めてみせた。





 ◇◆◇◆




【第12集:金色の蝶】


 ある朝 1匹の蝶が

 見守られ産声を上げる

 朝露に祝福の門出 飾るけど何か足りない

 嘘であって欲しいと見つめた

 2匹の親

 そう 私は片翼の蝶


 不自由なりに満足だった

 こんな私に愛を誓う

 平凡な蝶 泥が付いても一緒に居てくれた


 駄目 幸せになると

 もっと欲しくなっていく…


 見上げた青空に映える

 あの子の羽

 今の私には眩しくて 眼が焼ける

 泥の冷たさ あなた知らないでしょ

 私だって蝶 舞えること

 教えてやる



 ある朝 1匹の蝶が

 蟷螂かまきりの羽を奪う

 初めて乗る そよ風のベール喜ぶけど何か足りない

 底見えぬ女心に怯えている

 平凡な蝶

 そう 私は灰色の蝶


 不自由なりに生きてきた

 左胸には一人ひとりが持つ

 緋色のルビー 小さな幸せで磨くには物足りない


 駄目 見ていると

 もっと欲しくなっていく…


 雨に濡れても寄り添う

 平凡な羽 

 今の私には安くて 眼が焼ける

 羨望の眼差し あなた知らないでしょ

 私だって蝶 何だって

 手に入れてやる



「本人が幸せなら良いじゃない」

 誰もが知った風な口を言うけれど

 所詮しょせん 他人だから言えること


 この森のどこで見つけた

 金色の体 

 今の僕には辛くて 眼を焼きたい

 雲を突く笑い声

 僕は知りたくなかった

 君だって蝶 だけどそれが

 幸せだと言うのか


 踊る君

 灰色の鱗粉に気付いた時

 次に 君はどうするのかな 




 ◇◆◇◆




「――さて如何でしょう?お嬢様」


「すー…すー…」


 おやおや…。

 どうやらお嬢様は、眠ってしまったようでございます。


 はてさて。もう夜も深い。

 それではあなた様も、どうか良い眠りを。


 え?

 私はいつ眠るのか、ですって?

 

 いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。


 しかし心配はご無用でございます。


 執事たる者。

 お嬢様のためならば休息など必要ございませんゆえ…。


 それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。 

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