第11集:鼓動

 ここは、とある豪華な屋敷の一角。

 辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。


 だが――それは当然!

 お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!


 はてさて。もうすぐで午後11時。

 そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。


「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」


「はっ。ただいま向かいますお嬢様」


 執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。

 

 そして待ち侘びた様子で、


「執事。鷹がカッコ良過ぎて、寝られないわっ!」


 幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。


「一体どうしてくれるのかしらっ!!」


 …はてさて。

 ここからが私の仕事である。


「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」


 するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。


 彼女はおもむろに執事を指差して、


「私を寝かしつけなさい。以上よっ!」


 不敵な笑みを浮かべており、まるで執事を試している様子だ。しかし言動は、やはり子供そのものである。


 鷹がカッコ良過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は無い。


 だが!

 ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!


 残念ながら私は、一流執事なのでございます…。


「承知しました。それではここで一つ提案がございます」


 執事は下げていた頭をゆっくりと上げて、瞼を細めてお嬢様を見つめた。

 心做こころなしか彼女の瞳は、従順な仔犬のように期待に満ちているようだった。しかしこれもまた見慣れた日常の一幕である。


 その瞳に応えるように、執事は答える。


「私、実は詩を書くことが趣味でございまして…」


「ふふっ。今夜も待ってたわ執事」


 彼女は待ち侘びたように、乾いた唇を小さく舐めてみせた。





 ◇◆◇◆




【第11集:鼓動】


 夕闇に佇む 風の傷に挟まって

 寂しい広野に鷹が舞う

 忘れ去られた 一片の琥珀の羽根は

 確かな自由を宿して 麗しく


 ひび割れた岩陰に 腰掛ける旅人は

 幾重の音の無い夜を 星屑の松明たいまつ頼りに

 歩み続けたことだろう

 行く当てもないことを 頬の砂埃が語る


 人生という灰の中で生きる 儚き者よ

 頼りない若気の瞳で

 果てない夢 握り締めてゆけ


 不器用に息する ただ独りの物語

 愛しさが心に触れた時

 ただ黙って 透明な血液を流すことに

 何の意味があるのか

 蒼穹そうきゅうには かつての鷹が舞う

 口笛を吹きながら



 長き旅路 愛を知り破れて

 仄暗い広野に鷹が舞う

 置き去られた 一片の自由を探すには

 我が人生の地図では 心許なく


 雨晒しの木立に 咲き誇る花は

 幾重の色の無い湖を 優雅な微笑みにて

 支え続けたことだろう

 癒えぬ傷跡隠して 色褪せた指と共に


 世界という灰の中で足掻く 強き者よ

 揺れ動く運命の天秤に

 果てない希望 乗せてゆけ


 不器用に生きる ただ独りの物語

 泣きたくなるような夜の帳

 不安げな 赤子のように丸くなる日々を

 誰も責めはしない

 そして自身の胸にうずくまって

 心臓に耳を傾けてごらん



 あなたがあなたで居られるから

 わたしはわたしで居られる

 その当たり前に 血潮が揺れる


 不器用に前向く ただ独りの物語

 何度も言えず飲み込む言葉たち

 手垢付いた 見慣れた愛の台詞を

 誰もが望んでいる

 浮かぶ月に かつての鷹が映る

 高み目指しながら




 ◇◆◇◆




「――さて如何でしょう?お嬢様」


「すー…すー…」


 おやおや…。

 どうやらお嬢様は、眠ってしまったようでございます。


 はてさて。もう夜も深い。

 それではあなた様も、どうか良い眠りを。


 え?

 私はいつ眠るのか、ですって?

 

 いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。


 しかし心配はご無用でございます。


 執事たる者。

 お嬢様のためならば休息など必要ございませんゆえ…。


 それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。 

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