第9集:雪景色に包まれて
ここは、とある豪華な屋敷の一角。
辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。
だが――それは当然!
お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!
はてさて。もうすぐで午後11時。
そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。
「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」
「はっ。ただいま向かいますお嬢様」
執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。
そして待ち侘びた様子で、
「執事。雪景色が美し過ぎて、寝られないわっ!」
幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。
「一体どうしてくれるのかしらっ!!」
…はてさて。
ここからが私の仕事である。
「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」
するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。
彼女は
「私を寝かしつけなさい。以上よっ!」
不敵な笑みを浮かべており、まるで執事を試している様子だ。しかし言動は、やはり子供そのものである。
雪景色が美し過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は無い。
だが!
ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!
残念ながら私は、一流執事なのでございます…。
「承知しました。それではここで一つ提案がございます」
執事は下げていた頭をゆっくりと上げて、瞼を細めてお嬢様を見つめた。
その瞳に応えるように、執事は答える。
「私、実は詩を書くことが趣味でございまして…」
「ふふっ。今夜も待ってたわ執事」
彼女は待ち侘びたように、乾いた唇を小さく舐めてみせた。
「お嬢様。寝る前に詩など如何です?」
◇◆◇◆
【第9集:雪景色に包まれて】
降り積もる 冬の冷たさに
紅色の頬 君と微笑んで
白い吐息は 幸せの心模様
思わず伸びる 指の先に舞い散る淡雪
独りの頃は 冬なんて冷たかったのに
今は なぜか温かい
似合わない 君の詩的な言葉
胸の奥 柔らかいところを撫でてゆく
飛び交う人の交差
夢 告げるように
今年も 冬の踊り子が
空と大地を結ぶよ
雪降る この街で
君と2人 泣き笑い そして歩む
遠くで響く 鐘の音に振り向けば
鮮やかな虹が
明日の方角 僕たちを覗いている
マフラー隔てた温もりに
桃色の唇 君と見つめて
お道化た振りして 笑ってみせても
無口な冬の
街灯に映える 結晶も美しいだけど
裏通りに並んだ
並木に添う 誰かの雪だるま
その小さな手形こそ 未来の宝石
現実を語るは切な過ぎる
失い 芽吹くように
来年を 冬の踊り子が
変わらず祝福するよ
雪降る 白の景色
あと何度 肩並べて 眺められる?
特別な気持ち 湧き立つ想いに
恋焦がれる
若さの輝き 僕たちは春へ進む
お互いを 見つめる尊さ
それも悪くないけど
お互いが 見つめる尊さ
この細やかこそ 幸せの証
雪降る この街で
君と2人 泣き笑い そして歩む
遠くで響く 鐘の音に振り向けば
鮮やかな虹が
明日の方角 僕たちを覗いている
降るのは
雪という名の白い幸福
この街も 白く染まってゆく
◇◆◇◆
「――さて如何でしょう?お嬢様」
「すー…すー…」
おやおや…。
どうやらお嬢様は、眠ってしまったようでございます。
はてさて。もう夜も深い。
それではあなた様も、どうか良い眠りを。
え?
私はいつ眠るのか、ですって?
いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。
しかし心配はご無用でございます。
執事たる者。
お嬢様のためならば休息など必要ございませんゆえ…。
それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。
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