第8集:夜空のパティシエ

 ここは、とある豪華な屋敷の一角。

 辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。


 だが――それは当然!

 お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!


 はてさて。もうすぐで午後11時。

 そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。


「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」


「はっ。ただいま向かいますお嬢様」


 執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。

 

 そして待ち侘びた様子で、


「執事。パティシエに憧れ過ぎて、寝られないわっ!」


 幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。


「一体どうしてくれるのかしらっ!!」


 …はてさて。

 ここからが私の仕事である。


「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」


 するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。


 彼女はおもむろに執事を指差して、


「だからこそこの想いを詩に込めてみたわ。今夜は私の詩を聞きなさい。以上よっ!」


 パティシエに憧れ過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は……ん?


 普段通りの命令を聞き入れたはずの執事の耳に違和感がこびり付く。まさか三流執事のように聞き違えたのだろうか。


 執事は怪訝に思いながらも、下げていた頭をゆっくり上げて柔和な物言いで言葉を続ける。


「お嬢様。この執事めのご無礼をお許し下さい。先ほどの要求としてはお嬢様の詩を私が聞く…それでお間違いないでしょうか」


「ふふん。さすが私自慢の執事ね。一言一句違わずにその通りよっ!」


 お嬢様は得意げに答えてみせた。そして無邪気に笑いながら、


「直々に私の詩を聞けるのよ。こんな嬉しいことがこの世にあるのかしらっ!有難く思うことねっ」


 お嬢様が綴った詩を私が聞く――ふむ。どうやら今夜のお嬢様は一味違うらしい。


 だが!

 ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!


 残念ながら私は、一流執事なのでございます…。


「かしこまりました。それでは今夜はお嬢様の詩に心躍らせて頂きます」


 執事は、瞼を細めてお嬢様を見つめた。

 心做こころなしか彼女の瞳は、従順な仔犬のように期待に満ちているようだった。しかしこれもまた見慣れた日常の一幕である。


 その瞳に応えるように、執事は答える。


「私、実は詩に関しては結構うるさいですよ?」


「ふふっ。今夜も待ってたわ」


 彼女は待ち侘びたように、唇を小さく舐めてみせた。





 ◇◆◇◆




【第8集:夜空のパティシエ】


 ブドウのパラソル回して

 ジュースの雨の中

 2人お散歩しましょ

 もちろんイチゴの口紅 忘れずにね


 不思議なマシュマロの道

 お気に入りのアプリコットの靴が

 ショコラで汚れちゃった

 でも良いの 後でリボン付けるから


 世界はショートケーキ

 いつだって 妖精たちは眼が外せない

 ここは ふわふわゆったり夢の城

 今夜 小さなチェリー

 1つ乗せておきましょ



 モモのピアスを付けて

 キウイの坂道

 2人で登りましょ

 もちろんレモンの指輪 離しちゃ駄目よ


 撒いたミントの部屋

 買ったばかりのパインの帽子に

 ハチミツが付いちゃった

 でも良いの 後でアップリケ付けるから


 世界はミルフィーユ

 いつだって 妖精たちは祝福している

 ここは ぶくぶくふんわり夢の泡

 今夜 甘いクリーム

 星に添えておきましょ



 長い間 あなたを待っていたの

 マカロンの口付けで

 優しく起こしてくれるかしら



 世界はスイーツ

 いつだって 妖精たちは舞い踊っている

 ここは きらきらほんわか夢のベッド

 今夜 三ツ星デザート

 また一緒に来ましょ




 ◇◆◇◆




「――さて如何かしら?執事」


「すー…すー…」


「ってバカ――!詩の後に寝るのは私だけの特権でしょ!執事のバカバカバカ――っ!」


 おやおや…。

 どうやら悪戯心が芽生えて、お嬢様の詩で眠ってしまったようでございます。


 はてさて。もう夜も深い。

 それではあなた様も、どうか良い眠りを。


 え?

 私はいつ眠るのか、ですって?

 

 いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。


 しかし心配はご無用でございます。


 執事たる者。

 お怒りのお嬢様を宥めなくてはなりませんゆえ…。


 それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。 

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