第7集:子どもから大人に

 ここは、とある豪華な屋敷の一角。

 辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。


 だが――それは当然!

 お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!


 はてさて。もうすぐで午後11時。

 そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。


「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」


「はっ。ただいま向かいますお嬢様」


 執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。

 

 そして待ち侘びた様子で、


「執事。私もいつか大人になると思うと不思議過ぎて、寝られないわっ!」


 幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。


「一体どうしてくれるのかしらっ!!」


 …はてさて。

 ここからが私の仕事である。


「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」


 するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。


 彼女はおもむろに執事を指差して、


「私を寝かしつけなさい。以上よっ!」


 不敵な笑みを浮かべており、まるで執事を試している様子だ。しかし言動は、やはり子供そのものである。


 いつか私も大人になると思うと不思議過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は無い。


 だが!

 ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!


 残念ながら私は、一流執事なのでございます…。


「承知しました。それではここで一つ提案がございます」


 執事は下げていた頭をゆっくりと上げて、瞼を細めてお嬢様を見つめた。

 心做こころなしか彼女の瞳は、従順な仔犬のように期待に満ちているようだった。しかしこれもまた見慣れた日常の一幕である。


 その瞳に応えるように、執事は答える。


「私、実は詩を書くことが趣味でございまして…」


「ふふっ。今夜も待ってたわ執事」


 彼女は待ち侘びたように、乾いた唇を小さく舐めてみせた。





 ◇◆◇◆




【第7集:子どもから大人に】


 通学路 少しだけ遠回りする帰り道

 古道に合わせて

 小石蹴って進む 独り唄

 見慣れた夕陽が

 静かに見守っている


 途切れ途切れの 白い雲が

 次第に色付く頃

 遠くの公園で響く

「また明日」 の残響に見向きもせず


 変わり映えのない日常に

 塩味を足したくなる青春時代

 すでに飽きたカレーの匂いする家へ 

 さあ 帰ろう


 降り積もる思い出と呼ぶには

 若過ぎる夕焼けの探検

 小石の行方すら知らず 駆ける青春の輝きよ

 それが掛け替えのない宝物とは

 いざ知らず 僕らは大人になってゆく



 街路樹 蝉の声に去来する故郷の山

 池の岩苔 渡って

 小さな足跡鳴らす 童唄

 点々と続く木陰に

 腰掛け夢語る 夏休み


 千切れ千切れの 蒼き日を

 次第に忘れる頃

 遠くの歩道で盗み見る

「また明日」 の笑顔に涙緩んで


 あどけない言葉を頼りに

 揺れる陽炎かげろうに未来を見据える

 愛と誠 濁ったビル間吹き抜く風に 

 何 想う?


 飛沫湧き立つ 波のまにまに

 眼背くかつての御伽話おとぎばなし

 蝉の行方さえ知らず 空仰ぐ季節の儚さよ

 それが2度と手に入らない至宝と

 知る時は すでに子どもに戻れなくて



 振り返っても ここは旅路の途中

 届かない想いを宿して

 見果てぬ夜明け探して 歩み続けるよ 僕は


 照らす月の風情ふぜいに酔い痴れる

 大人の密かな嗜みに舌鼓

 過去の行方さえ知らず 残る飛行機雲の切なさよ

 それが脆く壊れやすい物だと

 知っていても やはり美しく想う


 今日は影踏みをして帰ろう

 子どものような 純粋さで

   



 ◇◆◇◆




「――さて如何でしょう?お嬢様」



「すー…すー…」


 おやおや…。

 どうやらお嬢様は、眠ってしまったようでございます。


 はてさて。もう夜も深い。

 それではあなた様も、どうか良い眠りを。


 え?

 私はいつ眠るのか、ですって?

 

 いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。


 しかし心配はご無用でございます。


 執事たる者。

 お嬢様のためならば休息など必要ございませんゆえ…。


 それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。 

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