第6集:拝啓、あなたへ
ここは、とある豪華な屋敷の一角。
辺りが夜になっても、執事室は日中と変わらず慌ただしいままである。
だが――それは当然!
お嬢様の執事たる私の仕事に、休息はありえないのである!
はてさて。もうすぐで午後11時。
そろそろ私を呼ぶお嬢様の声が、屋敷中に響く時間である。
「執事ー!ちょっと来てくれるかしらっ!」
「はっ。ただいま向かいますお嬢様」
執事は足早にお嬢様の部屋へ向かう。すでに彼女は薄い桃色の頬を膨らませており、ベッドの横に佇んでいた。
そして待ち侘びた様子で、
「執事。手紙を書くことが難し過ぎて、寝られないわっ!」
幼さの残る声色を跳ねながら言葉を紡いでいく。
「一体どうしてくれるのかしらっ!!」
…はてさて。
ここからが私の仕事である。
「申し訳ありませんお嬢様。ではお嬢様の願いとは?」
するとお嬢様は意地悪気な笑顔を浮かべてみせた。どこか憎らしくも思えるが、年齢相応の無垢な少女の微笑みである。
彼女は
「私を寝かしつけなさい。以上よっ!」
不敵な笑みを浮かべており、まるで執事を試している様子だ。しかし言動は、やはり子供そのものである。
手紙を書くことが難し過ぎて寝られない――ふむ。まったく関係は無い。
だが!
ここでお嬢様の願いを叶えられないようでは、それは三流執事!
残念ながら私は、一流執事なのでございます…。
「承知しました。それではここで一つ提案がございます」
執事は下げていた頭をゆっくりと上げて、瞼を細めてお嬢様を見つめた。
その瞳に応えるように、執事は答える。
「私、実は詩を書くことが趣味でございまして…」
「ふふっ。今夜も待ってたわ執事」
彼女は待ち侘びたように、乾いた唇を小さく舐めてみせた。
「お嬢様。寝る前に詩など如何です?」
◇◆◇◆
【第6集:拝啓、あなたへ】
拝啓 あなたへ
もうどれくらい過ぎただろう
街角に生える小さな花
芽吹きを毎年数えるのに
この両手では足りない
忙しく通り過ぎていく都会の波で
素直になれなかった 自分の過ち
見えない傷が塞がるのは
きっとまだ
いつだって いつだって
自分らしく生きているはずなのに
この痛みは人生の地図にある
交差点の向こう
もう戻れない秋に舌を噛む
拝啓 あなたへ
もう忘れてしまっただろうか
何色にも染まる2人の結晶
すでにスーツの中
流れる雲のようにあの町を
見渡して小さく踊ってみたい
ここで見上げるよりも ずっと
あなたに近いはず
何度だって 何度だって
落ちていく夕映えにあなたを想う
「どうか幸せに」力強い瞳の意味
今でも分からない
遠くの空で冬が唄っている
書き慣れたはずの手紙
今 言葉だけではなく 気持ちも載せて…
こうやって こうやって
私たちは巡る それは螺旋のよう
あの秋に託された最後の言葉
次は私の番
「きっと大丈夫だから」
ほら すぐそこで春が微笑んだ
◇◆◇◆
「――さて如何でしょう?お嬢様」
「すー…すー…」
おやおや…。
どうやらお嬢様は、眠ってしまったようでございます。
はてさて。もう夜も深い。
それではあなた様も、どうか良い眠りを。
え?
私はいつ眠るのか、ですって?
いやはや…お優しいお心遣いありがとうございます。
しかし心配はご無用でございます。
執事たる者。
お嬢様のためならば休息など必要ございませんゆえ…。
それにまたすぐに、お嬢様から呼ばれるかもしれませんから――ね。
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